「牛ノ首~昭和・平成・令和~」

2019年5月から新しい元号が始まるのを機に、
牛ノ首岬のカモシカの歴史を少し整理してみよう。

仲良く並ぶ「Nブラウン」(左)と「パール」:撮影2018.10.16



1987(S62)年に当時の脇野沢村に移住し、はじめて観察したカモシカを個体識別して、「ムラサキ」(御♀)、「ゲンジ」(♂)とそれぞれ命名したところから始まる。

以来、生存を確認しながらこれまで28頭のカモシカを記録してきた。その時間は32年間に及ぶ。その間、いろいろなことを観察し、これまでのトピックスで「牛ノ首物語」として掲載してきた。

とりわけ、「ムラサキ」の最後の子どもになったオスカモシカの「ミドリ」は、つがい関係を持ち続けたメスカモシカ「グレー」を含めた付き合いが長く、思い出深い観察が多い。

そして彼らとの15年間で私の「カモシカ像」の土台が出来上がった。そしてその最後の子どもが現在観察している「パール」と「シアン」である。つまり牛ノ首のカモシカ観察は三世代に及んでいる。
 

戻ってきた「シアン」。撮影:2018.12.21
 
牛ノ首物語はここのところ半年ほど空白ができている。話題が変わるが、昨年の春、瀬野地区にある我が家でもあるユースホステルの周りは新参カモシカの登場で忙しかった。

旅人など訪問者も観察して写真も撮った。「愛宕山にカモシカがいました」。朝食前に「芝生にカモシカがいます」といった情報も数多く、玄関や芝生も顔なじみのカモシカが通り過ぎた。

ほとんどが、「小六」、「su小六」、「N-18」と名付けたオスカモシカで、老齢個体と若い個体に分かれていた。老齢の「小六」、「su小六」は、春から夏にかけて、愛宕山や瀬野地区の民家の脇で死亡した。

若い「N-18」も夏過ぎに姿を消し、消息不明になった。

 ところが、昨秋に牛ノ首で姿が確認され、2015年生まれの「パール」と行動を共にしていた。青天の霹靂だった。ナワバリを持たない若いオスカモシカの行動はほとんど分からない。

おまけに、生まれて以来住み続けていた「シアン」が姿を消した。オスのナワバリ争いで優劣がついたとしか思えない出来事だった。

瀬野地区の「N-18」を牛ノ首のカモシカ「Nブラウン」と改名して今冬の観察に注目していた。


なごり雪の中で採食する「パール」。撮影:2019.4.1

2018年12月初旬、むつ市教育委員会から情報が届いた。瀬野地区の民家小屋で若いカモシカの死体が発見された。「N-ブラウン」だった。放浪する若いオスカモシカの生態はあまり解明されずに終わった。

さらに、12月2月、積雪60㎝の牛ノ首で「シアン」と出会った。はじめは目を疑ったが、「シアン」はいつものように足早に尾根を下っていつもの藪に姿を消した。秋の出来事が何もなかったような雰囲気だった。

「パール」と「シアン」の間に何があったのか、本人たちは意識があるまい。彼らにとってはよくあることなのかもしれないが、一時の入れ替わりを「観察」した人間は、まだ理解できずにいる。

新しい元号「令和」が始まる頃、牛ノ首はどんな顔を見せてくれるのか楽しみである。


いそやまたかゆき

2019.04