「愛宕山から牛ノ首へ」
我家の隣空き地で採食する「su小六」(18年6月15日)

 2018年春、愛宕山から我家にかけてカモシカのバトルが続いた。「散歩に行ったらカモシカに出会いました」。「庭にカモシカがいます」。

驚きは旅人が到着したらカモシカが芝生で出迎え、初春から夏にかけてよく姿を見かけた。 はじまりは昨年末、愛宕山で老齢のオスカモシカが姿を見せた。

推定15歳前後で、愛宕山から姿を消した「ロク」、そして父親である「六平」に似ているところから「小六」と名付けた。つまり愛宕山のオスカモシカの系譜は六平→ロク→小六となるわけで、メスカモシカの「ヨノジ」は母親の可能性がある。

この系譜はあくまでも仮説であって、物理的な証拠はない。

愛宕山斜面にたつ「su小六」(18年7月6日)

しかし、その「小六」は年が明けて春が来る前に骨となって発見された。愛宕山の石仏の裏に骨が散乱しており、残っていた角の特徴で確認できた。

芽吹きがはじまった頃、愛宕山に1頭の老齢のカモシカが現れた。目を疑った。はじめは死亡したはずの「小六」だと思った。しかし、写真を撮影して角や耳などを丹念に調べたら別のカモシカであることが判明した。

そこで血縁の由来を残すために「su小六」(スゴロク)と名付けた。愛宕山のオスカモシカの歴史は六平→クロ→小六→su小六となるわけである。

 「su小六」の名前は宿泊者に評判が良かった。覚えやすい、親しみが込められる等、GW前後は愛宕山〜我家にかけてずいぶん観察できたこともあって、すっかり馴染みのカモシカになった。

我家の隣空き地で採食する「N-18」(18年6月19日)


 ある日「su小六」が急ぎ足で我が家の玄関を走り抜けていった。あたりを見回すと道路から新顔のカモシカがこちらを眺めていた。

3才程度の若いオスカモシカだった。その日から我家周辺で二頭のバトルが見られるようになった。新顔には「N-18」と名付けた。名前の由来は、NTTの携帯アンテナ鉄塔周辺の草地で頻繁に採食してところから。

バトルはいつも老齢の「su小六」が若い「N-18」に追い詰められていた。年齢差があるとは言え、力量の差は歴然だった。まるで愛宕山~瀬野が関ヶ原合戦場だった。

夏の暑さが一段落した9月、瀬野地区で死亡したカモシカの写真が届いた。

中学校通学路を歩いて愛宕山に向かう「N-18」(18年7月10日)


むつ市教育委員会が検視した写真から「su小六」であることが判明した。死因は不明。8月28日の寿命死亡という記録になった。

その頃から「N-18」の姿も瀬野地区から消えていた。秋がはじまりかけた10月、牛ノ首に新参のカモシカが現れた。はじめは出身場所など戸籍がわからなかったが、写真を見直して思わず声がでた。

「N-18」だった。鼻面や耳の特徴が合致。ふてぶてしい態度の雰囲気もそのままだった。

牛ノ首の新参カモシカは系譜が分かるよう改名して「Nブラウン」とした。


いそやまたかゆき

2018.11