~北限のサル・沿革 5~
捕獲当初は捕獲檻にあまり抵抗もなかった。(撮影:2005年)
 
 2009年、第二次特定鳥獣保護管理計画が公布された。はじめの管理計画からやがて10年が経過する。「追い上げ」、「電気策」、「モンキードッグ」そして「個体数調整」とさまざまな共存策が実施されてきたが、時間経過とともに状況が変化してくる。

農作物被害については、確実に被害金額が減少してきているが、個体数増加に伴う群れの分裂や新しい群れの登場等、サルの分布域拡大は続いており、管理計画の見直しが必要になってくる。

下北半島のサルの個体数については、一部のサルを捕獲しているものの全体として増加傾向が続いている。2001年に1,000頭を越えた個体数は9年間で1,800頭を越え、上昇カーブは右肩上がりのままになっている。

力のあるサルが檻の前に座ると、他のサルは近づけなかった。(撮影:2013年)

捕獲実績は400頭程の捕獲申請に対して捕獲数は200頭に満たない状況であり、捕獲作業が計画通りに進行していない現状を浮かび上がらせている。原因は、捕獲する際の「捕獲檻」に対するサルの慣れというものが浮上している。

主に餌事情が悪くなる冬期に捕獲檻に餌を仕掛けて1頭ずつ捕獲しているのだが、長い期間による作業に対して、サルが危険を察知して檻に入らなくなるのである。慣れというより学習であり、あらためてニホンザルの学習能力の高さに感心する。

青森県の別の地域に生息する津軽半島や白神山地周辺では、天然記念物ではなく「ただのサル」になるので「害獣駆除」が適用され、地元の猟友会などに依頼して「銃による捕殺」を実施している。文化財ではないので市町村の首長権限で捕獲、捕殺できるのである。

3年前からは市町村が捕獲に対して「奨励金制度」をつくって捕獲の実績数をあげ、手っ取り早い方法で食害対策を実施している。しかしながらこの方法は、集団生活するサルの群れを「社会的に分断」してしまい、小グループによるゲリラ行動を増長してしまう。


檻に慣れたサルは、周りに撒かれた餌だけ食べるようになった。(撮影:2015年)

サル的に云うと、群れを分裂させてしまい、小分割されたグループが離ればなれに活動することになり、農作物被害地域を拡大させてしまう。

分裂の原因は、畑地などに積極的に侵出するサルは、力のあるいわゆる群れの軸になっているサルが多く、捕殺されることで群れのつながりが弱体化してしまい、小分割に分かれるいわゆる分裂のきっかけを作りだしてしまう。畑地で餌を得ることを学習したサル達が、各自のグループに分かれて新しい畑地を開拓してゆくことが、被害地域の拡大をもたらす。

社会性をもって集団生活するサルの群れは、捕獲したあとの管理が必要で、捕獲する前後の調査が不可欠になってくる。この手順をきっちり決めているのが下北半島の管理計画で、実践するのに時間も費用もかかる。

 2014年、鳥獣保護法の改正が行われ、管理計画の見直しが必要になった。


いそやまたかゆき

2017.08