「ロク」の新居
 

2016年の冬以降、愛宕山周辺で「ロク」の姿を見かけることが少なくなった。春先に何度かYHの隣にある畑周辺に座り込んでいたが、桜が咲く頃にはいなくなった。

昨秋、脇野沢中学校隣のスギ林が伐採され、いずれロクの餌場になるだろうと思っていたので、7月に入ってから何度か調査をした。

 7月8日、やはりロクが伐開地に座り込んでいた。伐採された面積はわずかだが、作業道周辺の切られた枝のあいだには下草が生育し、カモシカの良好な餌場ができていた。また、斜面の所々にはくぼ地ができ、カモシカが座り込むと姿がみえなくなってしまって、絶好の生活環境をつくりだしている。

直下には民家が1軒、道路を隔てて中学校(今年度から小学校が同居した)とグランドが広がっているが、ロクにとっては安全圏になっている。もともと少し奥の伐開地と雑木林周辺で生まれて育ってきたロクにとって「人の気配」はあって当たり前。むしろ人の存在が自分の保護的な立場に思っているのだろう。



 伐開地を回り込んで、久しぶりにロクに接近した。もうすでに夏毛の装いになったロクは、少し老いてみえ、抜けた前歯と骨折した右前脚が加齢を感じさせた。ロクはチラッとこちらを見たが、平然と反芻を続けている。

このあたりは「愛宕山の主」的存在をただよわせ、いつものロクを思わせる。ときどき首を折り曲げて体の毛づくろいをし、のんびりと反芻を続ける。グランドでは野球の練習をしている学生達の声が響いているが、馬耳東風。

この日は東風(ヤマセ)の吹く肌寒い陽気、さしずめ「カモシカ耳東風」といったところだ。


ロクが立ち上がった。不自由な右脚を器用に使いながら伐開地を移動する。作業道を伝って民家背後の茂みに潜り込んで採食をはじめた。斜面の上からは姿が確認できるが、下の道路やグランドからは見えない。

芽生えたばかりの下草は何でも食べている。餌が密集しているので、効率よく採食できる。ロクにとってエコ生活だ。ひとしきり採食を終えたロクは、斜面をのぼり、大きなオニグルミの根元に座り込んだ。

道路やグランドを見下ろせ、遠目に我家もみえる。直線距離で200m。仕事している窓からも見える場所だ。ロクは何度もこっちを見ていたのだろう。もっとも視力の弱いカモシカの目ではこちらの識別ができないだろうが・・。

 ロクはまた反芻をはじめたので、調査を終了して伐開地をあとにした。道路にでて斜面を見上げてもロクの姿は確認できなかった。ロクの新居はよく考えてつくられていた。


いそやまたかゆき

2016.07