最後の写真となったミドリ
雪解け後、岩上座るミドリ


 「ミドリ」が牛ノ首で生まれたのは1999年の春。母親の「ムラサキ」の後ろをチョコチョコと頼りなさそうなオスカモシカのこどもが歩いていた。目の周りがパンダのようで、見た目はカモシカとは思えず、一般家庭が飼っている子犬のような印象だった。

当時の脇野沢村に移住して4年目のことだった。
 牛ノ首は、下北半島の南西端に位置し、海岸に伸びた尾根が道路で分断され、固有の地形をしている。海から眺めた形が「牛が寝そべっている姿」に似ているところからこの名が付いている。

ウシ科のニホンカモシカが牛ノ首に生活域をもっていることが面白くて観察をはじめ、定点観察が29年続いており、16歳を過ぎるミドリはその大半を占めていることになる。

グレー親子をガードするミドリ


 2015年3月、遊歩道を歩いていたら目前の岩の上に悠々とミドリが座っていた。周りには誰もおらず、威風堂々としたその姿は牛ノ首の主と言えるものだった。毎年雪解け直後、牛ノ首に住むカモシカの生存確認を続けている。その後、ミドリは、6月の第三日曜日の「父の日」に観察されてから、姿が見えなくなった。

 最後にミドリを観察した友人に興味深い話を聞いた。その日、ミドリとつがい関係を持っている「グレー」がこどもの「パール」を連れているところに出会い、親子に追随していたら、ミドリが現れた。そしてミドリは、親子と観察者の間に割り込むように入り込んで、観察や撮影の邪魔をはじめ、そのおかげで親子を追うことができなくなって、見失ってしまったとのこと。

その時のミドリの行動が母子を守る父親のようだったと、嬉しそうに語ってくれた。ミドリは父の日に「父」を務め、これが牛ノ首のミドリの最後となった。


最後の写真となったミドリ


 ミドリには忘れられない思い出がある。母親のムラサキがミドリを生んだ年、冬を前に他界してしまった。孤児になったミドリは初めての冬をひとりで乗り切らなければならないことになった。

カモシカのこどもは保護者がいてはじめて越冬できると思っていた私は、3日と明けずに牛ノ首に通った。冬期は雪上に足跡が残るので姿が見えなくても「生存」の確認は取れた。いつもミドリはひとりだった。隣に別のメスがナワバリを持って生活していたが、一緒に行動することはなかった。

そして、年が明け、大寒が過ぎ、長い冬も春に向かって動き始め、牛ノ首の雪が消えて芽吹きがはじまった。ミドリはひとりで冬を乗り越えた。ミドリは母親のナワバリを継ぐように牛ノ首で生活をはじめ、以来ずっと牛ノ首の主的な存在だった。未観察の1年間を考察すると、ミドリはすでに母親の元へ行ったのだろう。

 最後に父の日の逸話を残してミドリは16年の生涯を閉じた。 合掌。


いそやまたかゆき

2016.06