「カキランの置き土産」

 今年の正月に「北限に生きる~4年目の絆~」が放送されて2ヶ月が経った。はやいものだ。
一年前から24年間の総集編として取材を重ねていたが、いろいろなことがあった。いるべきサルがいなくなったり、怪我をした若いサルを見つけたり、群れが不安定になっての動きがよくわからなくなったりして、目指す群れを追う限界も感じた。

しかし衝撃だったのは、主役級だった「カキラン」が交通事故で他界したこと。春の取材時は相変わらずマイペースの生活を続けていたが、夏の取材前に輪禍にあってこの世を去った。
 カキランがいなくなった群れはどこか様子が変だった。群れの最長老ということもあり、要だったカキランの死亡は、残ったサルたちに影響を与えた。当時カキランには成長したメスのこどもが3頭いたが、一番下のこどもを除いて、長女、次女の2頭の姿が消えた。

群れの総数も10頭程少なくなった。母親であり頼りになるメスがいなくなると、つながりが切れて群れから離れる。そのメスたちとつながっていたサルたちも同調して、一緒に群れから去る。ある意味で分裂ということになるのかも知れないが、母系でつながっているニホンザル社会の複雑さを知った。




 数年前から下北半島のサルは被害防除のための捕獲が続いている。脇野沢の群れも例外ではなく、カキランが生まれて育った群れは100頭を越えて、3つの群れに分裂した。
カキランは分裂前にαメスだった「モミジ」と行動を共にして、モミジが姿を消した後、αメスの立場になっていた。捕獲の成果として農作物被害は減少、ある意味で共存できる状態にもなった。

が、サルたちは自己繁殖して仲間の数を増やしてゆく。自然の摂理がどうしようもなく、個体数増加を抑えなければならない状態は続き、捕獲は継続されている。


 2月、久しぶりにカキランのいた群れを調査した。離れていったサルたちの姿はなく、20頭程の小さな群れで海岸線のクズやマツボックリを食べ歩いていた。昔と違うのは、距離を少し詰めると逃げる。

カキランがいて、数がもう少し多かった時はこれほど逃げなかったが、やはり群れ自体が弱くなっているのだろう。現在の群れは重大な農作物被害を発生させるものではないと思う。捕獲の成果を検証すべき時期がきていると思う。

 カキランが他界し、カキランの残したものが、「人とサルの共存」という方向にむかってくれれば、他界したカキランにとっても本望かも知れない。何かが消え、何かが生まれれば「北限のサル」たちにとって、光明がさしてくるのではないだろうか。カキランの置き土産を大切にしたいものだ。



いそやまたかゆき

2016.03