「T-13、我家を回る」
 
 今年の7月8日、我家の玄関を1頭のカモシカが走り抜けた。瞬間、「T-13」だと判断し、カメラを掴んで室内から裏手側に移動した。ロクはちょうど小屋の前を通り抜けるところだった。ガラス越しにカメラを構えたが、殺気を感じたのか、ロクはちょっと立ち止まって身構えた。

そしてそのまま通り抜けたので、小屋に入ってそっと窓を開けた。目の前3mのところでT-13はつる植物を食べるのに夢中だった。この至近距離は森の中では出来ない芸当だ。そしてロクはそのまま薮の中に姿を消した。

 居間に戻って5分も経たないうちに「フシュッ」「フシュッ」と鋭い音が窓の外から聞こえた。「あっ」と思う間もなく、窓の下を「ドッ」「ドッ」と走り抜ける足音が聞こえたので、またカメラを抱えて玄関に走り、外に出た。すると玄関先の道路にT-13が仁王立ち。こちらをじっとにらんでいた。


 「俺を脅したには、お前か」と言わんばかりの顔つきは、誤解もはだはだしい。「お前が、我家の敷地を歩いたのだろう」、無言で言い返した。そしてT-13は愛宕山に向かって走りはじめた。途中にある民家の玄関先でサクラの枝先をかじってから道路横断して、それからゆっくりと愛宕山公園に戻っていった。

この間、30分足らずの出来事だが、ロクにとっての我家はまるで自宅気取りだった。実家とは言わないが、勝手知ったる他人の我家そのものだ。

 愛宕山から我家を眺めると、奥山から愛宕山まで延びる尾根のすぐ隣に我家が建っている。隣の畑はとっくに放棄されて自然に還る途中。創業50年目を迎える我家の周りの立ち木は大きくなって、「森」化している。おまけに好物のサクラの木があり、姿を隠す薮もある。

母親の「ナナ」に連れられて一緒に歩いたルートでもある。生活の場として教えられたのも事実。ロクからみて「俺の家」と喋って何が悪い、と返ってきそうな雰囲気もある。父親を追い出して愛宕山の主になったT-13。この先、どんな展開になってゆくのだろう。

 夏が終わってしばらくT-13は姿を現していない。森の樹々は色づきはじめ、季節は秋に入り込もうとしている。T-13は今秋3才を迎え、そろそろ大人の仲間入りかと思われる。今頃、メスを追いかけ回しているのかも知れない。

 でもきっとそのうち、ひょっこり、顔を出すだろう。もちろん無断で・・。



いそやまたかゆき

2015.10