「牛ノ首の主」



 今冬は12月はじめから雪がふりはじめ、そのまま根雪となって新しい年が明けた。長い冬だと覚悟していたのだが、2月に少し気温が緩み、中旬に牛ノ首の積雪がなくなった。

日当りのいい南斜面では気の早いフクジュソウが開花し、春が近づいたかと思っていたが、また雪が降り、そしてまた気温が上がって雪が消えた。今冬はバタバタしたが、早めの冬到来、早めの冬将軍の撤退ということで、何かに早め早めの冬だったようだ。

 2014年3月、積雪が消えた牛ノ首農村公園を歩いた。冬が終わったあとの牛ノ首にすむカモシカの生存調査でもある。とくに春に生まれたこどもカモシカにとっては、最初の冬が生きるか死ぬかの境目となる。

現在、母親として生活している「グレー」は、04年の初出産から13年に産んだ「シアン」まで10頭出産しているが、うち4頭のこどもが大雪の冬に姿を消している。カモシカにとって豪雪は自然淘汰となっている。


 この日は、気温は暖かめだったが風は東風のヤマセとなり、少しひやっとする。こんな日は、カモシカたちは風を避けて風下に生活の場をとっていることが多い。寒いからではなく、物音が聞き取りづらい風上は安全性確保のために使わない。歩道となっている尾根道を登ってゆきながら、風下側に耳を立て、目を凝らす。

 牛ノ首を半周したところで帰路をとる。ピークを少し過ぎた岩の上にカモシカの姿がみえた。すでに両方の耳をたててこちらを注視している。手前の二股になったミズナラの間に顔を出すように座り込んでいる。「ミドリ」だった。目に警戒心はない。堂々とこちらを見下ろしている。ミドリは2000年に産まれた夏に母親の「ムラサキ」と死別した。ひとりではじめての冬を乗り切った。

母親が一年間面倒をみるカモシカの世界ではとても珍しい事例だと考えている。以来、母親のナワバリを引きついで逞しく生き続け、現在のグレーとつがい関係の長く続け、牛ノ首の主的存在でもある。


 ミドリが姿を消した頃、背後から「オレンジ」が姿を見せ、こちらの様子を伺ってくる。好奇心がある割りに、怖そうな及び腰的なところがあり、1才半というこどもからおとなに移行する年代の微妙なところを感じさせる。

 オレンジが薮に姿を消し、先の杉林に近づいたら何か気配を感じた。カモシカの目だけがみえた。慎重に林内に入ったら「グレー」と14年生まれの「シアン」の親子がいた。はじめ少し逃げ気味だったが、そのうち、杉林から姿をみせ、こどもを後ろに従えてこちらに強い目線を送ってきた。

警戒心はうすいが相変わらず気の強いグレーだった。しかしよく考えたら、「敵」を」威圧しないとこどもの生命も危ないし、自分も守る意味でもバリアーを張って当然である。いつもながら「自然」を感じさせてくれるカモシカでもある。

 グレーはくるっと向きを変えて、さっさと薮に入った。残ったシアンは母親の行動に戸惑うように、何度も「思案」してから、薮にはいっていった。

 牛ノ首にすむカモシカは全員、無事に冬を越えた。春はすぐそこまできている。


いそやまたかゆき

2015.023