「ポンカン・キンカン・サンショウ」
「キンカン」とありし日の「サンショウ」(右)

 今年の夏の終わりに「ポンカン」と出会った。久しぶりだった。場所は脇野沢の瀬野にある牧場の向かいにある杉林。前日、尾根の反対側にいたが、昨夜の泊り場を出たあと、予想通りのルートを歩いてきた。

「ゴッゴ」、「ホウッ」、「ウィッ」。寝起きの彼らは、年齢別、雌雄別のそれぞれの会話をしながら杉林に広がり、わずかな下草を食べ歩いている。春に生まれたアカンボたちは枝を使ってフィールドアスレチックを楽しんでいる。ふだんは味気ないスギ林だが、サルたちの登場で森が一気に華やかにみえてくる。ふと、足元に威嚇をしているサルがいた。

ちょうど彼らの通り道に我々が立っている格好になったので、当然といえば当然なのだが、威嚇しているサルは「ポンカン」と名付けた馴染みのメスザルだった。
13年生まれのアカンボを抱える「キンカン」

 ポンカンは3才になるコドモをけづくろいしながら、思い出したように威嚇をしてくる。忙しい奴だと思いながら、07年に死亡した母親の「サンショウ」を懐かしく思い出していた。

ポンカンは93年生まれで21才になるが、加齢に伴ってサンショウに似てきた。とくに威嚇する時の雰囲気は母親そっくりである。ポンカンには2才年下の「キンカン」という妹が同じ群れにいるが、ともに母親譲りの雰囲気のまま、威嚇をよくするサルである。

サンショウは子どもたちに自分の遺伝子を見事に受け継がせている。ただ、ポンカンの威嚇は母親サンショウの威嚇とはかなり違ったものになっている。もともとサンショウの群れにおける序列はかなり下位であった。威嚇をしても、他のサルたちの援助はまったくなった。

「ギャッ、ギャッ」と悲鳴をあげながら仲間のサルたちに援助を求めても誰一人、加担してくれなかった。いつもひとりでコドモたちを守っていた。

コドモと母親似のポンカン(右)

  しかし、7年前に群れが分裂してから情勢が変わった。序列の高い家系のグループとは違う群れに所属し、さらにポンカン、キンカンが成長して母親のバックアップが出来るようになって、サンショウ家族は群れの優位な序列に位置した。

母親のサンショウが威嚇でもしようものなら、背後からこどもたちが一緒になって強力な威嚇となった。当時の群れの個体数を考えると3頭のオトナメスのもつ力は強かった。そして、母親が死亡したあとは当然のようにポンカンが序列を後継した。

ポンカンの現在序列は母親の苦労と偶然起きた分裂によって出来上がったものだと考えている。母親の力は偉大なりだと思う。コドモの毛づくろいを終えたポンカンは、林道を悠々と横切り、牧草地をぬけて雑木林に姿を消して行った。

後ろ姿はサンショウそのものであった。



いそやまたかゆき

2014.12