「いつか見た風景」

  2014年秋、愛宕山のカモシカ「ロク」は我家の周りにあまり姿を見せなかった。大体、春から夏にかけて月1、2度は芝生や玄関に現れた。ヌーボーとした瞳でみつめるその姿は、無警戒もいいところ。まるで自分の住処にいるような雰囲気さえただよっていた。

 タイヤ交換を済ませたきょう、ボルトの締め付けを確認するために試走していた時、近くの畑に座り込んでいる1頭のカモシカをみつけた。瞬間「ロク」だと思った。周りの風景にとけ込むような姿は、風景も何事もなかったような静寂を感じさせ、まさに深山幽谷のニホンカモシカそのものだった。

おかしな話だが、カモシカは不思議に脇野沢の風景にマッチングしている。それは、この地に流れる脇野沢の時間が、おっとりしているカモシカの時間と波長があうのかも知れない。すべてのものが共振するのだろうとも思っている。


  遠目から瞬間「ロク」だと思った決め手のもうひとつの理由は、昔懐かしい「ハチノジ」の時代にさかのぼり、私がこの地にすみはじめて我家の周りで何度も観察したあのハチノジの、その姿である。

鼻筋が漢数字の八の字に似ているところからつけた名前が、現在の愛宕山カモシカのベースとなり、数字を名前の基本としてこれまで15頭程、名前を付けて観察を続けてきた。その時のハチノジを彷彿させる雰囲気がロクにはただよい、近づいて観察しても、その雰囲気は「ハチノジ」そのものである。案外、どこかで血のつながりがあるのかもしれないとも思う。

 「ロク」は畑の作物ではなく、ノイバラいわゆる野バラの芽や枝先をさかんに食べている。バラ科の植物は好物とはいえ、トゲトゲの枝先をお構いなしである。昔、ハチノジもそうだった。

我家の数少ないバラもずいぶん食べられた。サクラの新芽もよく食べてくれ、冬はもっぱらイチイ(この地ではオンコと呼ぶが)の枝先である。ハチノジが食べ、そしてロクの母親だった「ヨノジ」が食べ、そして今ヨノジのこどものロクが同じ事をしている。カモシカの生活は進歩がなく、新しい事をしようともしない。

親のしていたことをこどもたちが継続し、そしてまたそのこどもたちに伝えてゆくだけの、繰り返しだけである。



 しかしながら、これらのことは、風景や環境が変わらない脇野沢ゆえに出来ることなのだと思っている。ハチノジとロクの間に流れている時間は25年間。四半世紀ものあいだ同じ事が延々と続いているここ脇野沢の風景は、変化の激しいデジタル時代のなか貴重な存在なのであろう。

 ロクには今年、2才になる「T-13(ティー、サーテーン)」という競合するオスのカモシカが近づいている。ロクのこどもになるのだが、そろそろ世代交代が起こるのかも知れない。畑地でのくつろぎのロクはハチノジの晩年にとても似ている。いつか見た風景の顔ぶれが変わるかもしれないと思っている。



いそやまたかゆき

2014.11