「牛ノ首25年考」

 14年6月11日、牛ノ首岬で「オレンジ」に出会った。スギの造林地に座り込んでいたオレンジはこの日、不思議な行動をとってきた。距離は30mほどだったが、立ち上がったオレンジは何度も頭を下げながら、近づいてきた。

おそらくこちらにお「匂い」を嗅ぎ取ろうとしていたのだろうが、とうとう5mまで接近して、そして「フシュッ」と一度威嚇して、斜面下に駆け下りていった。勝手に近づいてきて、勝手に威嚇して、勝手に逃げて行ったのだ。こちらは何もしていなかった。

9月30日、再びオレンジと出会った。前回の場所より少し上で、頂上に向かって移動した。今回は前回のような行動ではなく、やけにピリピリして、警戒心丸出しだった。この日は、木枯らしが強くなり、北風が唸りをあげて上空を舞い、樹々も葉音をたてて、落ち葉も舞いはじめていた。周りが普段と違ったのだろう。

カモシカは物音に敏感な動物だ。落ち着かないわけだ。オレンジは頂上の大岩に立ってようやく落ち着いた。その様は「俺がこの牛ノ首の主だ」とでも言わんばかりだった。その姿を見ていろんなことが思い出されてきた。



 私がこの地(当時は脇野沢村だったが)に移住して住みはじめたのが1987年。以来、牛ノ首岬(現在は牛ノ首農村公園)に通い続けている。下北半島の南西端、まさかりの形をした刃の部分の下部にあたるこの岬は、まず地名に興味を持った。由来を聞くと、「海からみた形が『牛が寝そべっている姿』に似ているから」と、漁師たちはもっともらしい話をしてくれた。それっきり「そうだろう」と思って、四半世紀が経った。

 岬の東側に新田という小さな集落がある。私が住んでいる瀬野の本家筋にあたるのだが、祭りの際には「新田瀬野神楽」という行列の「露払い役」の先頭を務める神楽を持っており、新田が先に使用されていることでも意味がわかる。

牛ノ首の地形は、東西に尾根が走り、南側斜面はむつ湾に面している。この地形がまず野生動物達には生活しやすい場所を提供し、落葉広葉樹とスギ造林地が混じる森によって餌場と休息場所が担保されている。沖合800mには「鯛島」と呼ばれる無人島が浮かび、岬を歩くと樹々のあいだから姿が見え隠れする。

当初は、斜面に畑地が点在し、頂上にもミョウガ畑が広がっていた。サルやカモシカを観察するときは、農道を歩きつないで山林部に入っていった。




 95年、「牛ノ首農村公園」として歩道が整備された。畑地は消滅。野生動物の生活場所になった。面白い事に整備された道路をかれらも「歩いた」。冬、カンジキを履いて撮影・観察にゆくと、帰る頃にはかならずカンジキ跡の上にかれらの足跡が残っていた。「楽をする」。自然界で生き抜く知恵を知った。

 オレンジの母親は00年生まれの「グレー」。グレーの母親は「クロ」。牛ノ首の初代カモシカ「ムラサキ」と同期だ。つまりオレンジは3世代目にあたる。その期間が25年というわけになる。よく付き合ってきたものだと思う。いまオレンジが立っている場所にムラサキ、クロ、グレーをはじめ何頭ものカモシカが立っている。その雰囲気は当時のものと何ら変化していない。四半世紀のあいだ不変の風景だ。

 「フシュッ」。静寂を破るオレンジの警戒音。気がつくとオレンジの姿は消えていた。相変わらず勝手な奴だと思いながら、「まあいいか」と妙に納得した。

 25年間という時間はカモシカにとって寿命年齢を超える。カモシカたちは当然世代交代するわけだが、森が安定していれば次世代が同じ生活を続けるのだろう。25年後の牛ノ首岬をみたい思いがあるが、間違いなく、果たせない夢になるのだろう。いろんなことを考えながら牛ノ首をあとにした。



いそやまたかゆき

2014.10