「T−13」


 昔、「ゴルゴ13(サーティーン)」という超ハードボイルドの殺し屋を主人公にした漫画があった。沈着冷静、いつもクールな彼はどんな相手でも必ず見事な仕事を成し遂げた。失敗はないのである。 3月10日、まだ厳冬の雰囲気が残る愛宕山に「ナナ」とこどもの姿があった。

父親の「ロク」は少し離れて座っていた。朝から降りしきる雪は、九州や四国から聞こえてくる桜便りの声を完全に打ち砕き、春の気配は微塵も感じさせない。厳冬期であった。約束の時間を過ぎても取材クルーは到着しない。


  海岸の南斜面に座り込んでいた親子3頭は、採食時間になったようで、一斉に動きはじめた。母親のナナが先頭、ついでこども、しんがりを父親のロクがつとめる格好で愛宕山を歩き回る。急峻な海岸斜面は積雪がほとんどなく、下草を採食するかれらには冬場の絶好の生活場所になる。

労せずして地面からわずかに顔をだすカンスゲ類を食べ歩いている。そのうち、小康状態だった雪が強くなり、真冬の風景になり、絶好の「絵」になった。「今、到着すれば最高の絵が撮れるのに」。心の中で何度も呟いていた。

 愛宕山は脇野沢川の下流域にあるので、架かっている橋からでも簡単に親子が撮影できる。それでもまだ取材クルーは姿をみせない。こどもが橋の近くにひとりでやってきた。母親のナナは少し離れて下草を食べ続けている。こどもは撮影している私に興味を持ったのかどんどん近づいてくる。距離は5m。根っこのあたりの下草を食べながら何度もこちらに顔を向ける。
取材クルーを待ちこがれているこちらの心境を見透かすように、至近距離で何度もポーズをとっている。カモシカという動物はよくよくわからない。撮影したくて接近しようとすると、その分、どんどん離れて行く。逃げているわけでもないのに距離が空いていく。撮影したい思いを強く持てば持つ程、近づけない。片思いの恋愛と似ているかも知れない。
左「ロク」右「ナナ」

 雪が少し落ち着きはじめた。母親のナナが海岸斜面の方に移動をはじめたのをきっかけに父親のロクが後を追い、そしてこどもがそっちの方向に走り去って姿を消した。そして、その直後に取ククルーが到着した。国道で事故があって長い渋滞に巻き込まれていたとのこと。

その時のレポーターをつとめる彼女が「田村」という女性アナ。その時、こどもの名前が決まった。T−13は田村のT、2013年生まれの13をくっつけただけで、前述したゴルゴ13とは何の関係もない。何となくゴロ合わせをしているような気がするが、これは団塊世代特有の駄洒落レベルかも知れない。

 4月27日、中学校奥の伐開地でT−13と再会を果たした。まわりにナナもロクも姿がなく、すっかりひとりだちしていた。きりっと立った姿が、沈着冷静、クールなゴルゴ13に似ていると思ったのは、やはり団塊なのかな。


いそやまたかゆき

2014.05