朝日小学生新聞10月号
「隣人のニホンカモシカ」


 

 私が住んでいる自宅を兼ねているユースホステルの近くに「愛宕山」と呼ばれる小高い山があります。標高は40mほどで、お椀を伏せたような円錐形をしており、定期船を利用して下北半島を訪問する人々の表玄関になっています。愛宕山は脇野沢川の下流域に隣接し、頂上周辺にはブナやミズナラなどの雑木林も点在し、下北の森らしい風情もただよわせています。

すそ野には桜やツツジが植えられ、春には桜祭りの会場にもなり、公園としても地域の人々に親しまれています。 脇野沢に移住してまもなくの頃、公園を散策していたら、いきなり1頭のニホンカモシカと出会いました。相手は立ったまま、じっとこちらの様子を伺っています。鼻筋に黒い文様が二本、くっきり分かれ、その模様が漢数字の「八の字」にみえたので、「ハチノジ」と名前をつけました。25年前の懐かしい出来事ですが、私のカモシカ研究のきっかけになりました。

 義父の記録によると、愛宕山には、65年から私が移住する87年までの22年間に、「愛宕一世」「愛宕二世」「愛宕三世」と個体識別した3頭のカモシカが、順番に入れ替わって生活していたとのこと。1頭が姿を消すと次のカモシカが現れる、そのカモシカがいなくなるとまた別のカモシカがやってきたとのことです。観察できるのは一週間に一度か二度で、3頭とも老齢のオスカモシカだったとのことでした。 

ナワバリをつくって生活するカモシカは、老齢になるとナワバリを保持する力が弱くなって、生活場所の「端っこ」にきて、そこでのんびりと老後を送るのだろうと考えられています。愛宕山は三方が海に囲まれ、ナワバリを維持するのも楽だろうし、老後生活の場に適しているようです。 


4頭目になるハチノジもオスカモシカでした。ハチノジの行動範囲を調べてみました。公園前にある自動車道路を横断して、奥山に向かって細長くのびた小さな尾根のスギ林をして、300mほど奥にある脇野沢中学校周辺の山林まで移動していました。

その場所は、スギ林のあいだに落葉広葉樹等の雑木林が点在し、採食して休息できる、良好な生活の場であることがわかりました。愛宕山に向かう時は、スギ林を移動に使いますが、途中から畑の脇道を歩き、そして時に我家の庭と玄関を横切って、家並みの間から表通りの自動車道を横断して、公園を経由して愛宕山に到着します。

 調査をして興味深かったのは地域の人々の対応です。ハチノジと出会っても顔もあげないのです。畑作業している人も、焼き干しつくりをしている人も、誰も手を休めません。もちろん大声で出すこともありません。すれ違う自動車にそのまま走り去ります。国の特別天然記念物のニホンカモシカも、ここでは、すぐ横に住んでいる「お隣さん」なのです。

ハチノジにとって、人々のふつうの接し方が、安全な、暮らしやすい生活の場となっていたのでしょう。 94年秋、愛宕山に二頭のカモシカを観察しました。1頭はハチノジでしたが、もう1頭は若く、おまけにメスのカモシカなのです。交尾期である秋にオスメスの2頭連れは珍しくないのですが、愛宕山公園でメスカモシカの観察は過去の記録にもなく、はじめてのことでした。観察が忙しくなりました。

 カモシカの年齢は角の根元に刻まれる角輪と呼ばれる輪の数で推定出来ます。メスカモシカはまだ2歳前後の若さでした。カモシカは3歳で出産することができます。つまり2歳の秋に交尾を受けて、翌春の出産が可能なのです。

カモシカはオトナになる時期が早いのです。はじめてのメスカモシカに94年の観察ということで「ヨノジ」(四の字)と名づけました。 しかし、ヨノジの姿は、96年に子ども連れで中学校のグランドを歩いているす姿を最後にぷっつり途絶えてしまいました。奥の山林を調査しても見つけることができず、愛宕山にはハチノジだけが時々やってくるだけです。

 

 それから10年間のあいだに、ハチノジが死亡し、新しく2頭の老齢のオスカモシカが入れ替わり、愛宕山公園の老齢オスカモシカは6頭目になりました。 06年の正月、愛宕山公園に初詣に行ったところ、海岸側の斜面から1頭のカモシカが見上げていました。

「あれ!見たことがあるな」と思いながら、写真を撮影してじっくり見直してみたら、何と、ヨノジだったのです。右耳が丸く、鼻筋の黒い文様がくっきり、そして鼻を突き出すようにこちらを観察する仕草は、当時のヨノジそのものでした。10年間、どこでどうしていたのでしょうか。 ヨノジは、ハチノジと同じ移動ルートを使い、生活場所も同じところでした。愛宕山の7頭目はメスカモシカになりました。

その後、8頭目になる「六平」と名づけたオスカモシカも登場して、しばらくヨノジと一緒の観察が続きました。ヨノジは06年、07年、08年と3年続けて出産し、子どもを連れて何度も愛宕山にやってきました。階段を上って、鳥居をくぐるヨノジ親子の姿は、カモシカに慣れた地域の人々にも人気になりました。「チャッコイノー(小さいね)」、「メゴイノー(かわいいね)」。道行く人も目を細めて眺めています。登校中の中学生たちも、足を止めて、笑顔です。おかげでヨノジは、愛宕山とその周辺で3カ年、3頭の子育てをすることができました。 

むつ市脇野沢地域の人々は、自然の中に生活の場を持っているので、カモシカも人も「自然の中で生きる」という、共通の物差しでつながっているのだと思います。自然の恵みのなかで、豊かさも、厳しさも、ともに味わい、そのなかで生きることが、カモシカたちも同じ苦労をしているのだろうなと、そんな気持ちを抱いているのだと思います。

 ヨノジは09年に姿を消しました。推定16歳はカモシカの寿命とみても不思議のない年齢です。いまは、ヨノジの子どもたちが愛宕山に通い続けています。

 ハチノジからヨノジ、そして子どもたちへ・・。地域の人々の役割もまだまだ続きそうです。
2013.9