朝日小学生新聞9月号

「ツツジ物語」


「シャチ」を毛づくろいする「ツツジ」の周りに家族が集まる。
 

セミたちの競演が終わった森の中には、秋の気配がただよいはじめました。思い出深いサルのお話しをしましょう。「ツツジ」と出会ったのは、私がここに移住した87年です。はじめて出会った時の印象は、とにかく「凄い」のひとことでした。メスザルなのですが、オスザル以上に眼光が鋭く、とにかく迫力を感じ、他のサルとは違う雰囲気がただよっていました。いわゆるオーラがでていたのです。体毛が全体的に白っぽかったので、遠くからでもツツジの姿はよくわかりました。

目立つサルでした。ツツジは出会った当時が17歳程だったので、70 年頃の生まれだと推定できます。すると、ツツジが生まれて育った時代は、当時の脇野沢村で保護の為の餌付けをしていた時期と重なります。ツツジは、82年の餌付け停止までの12 年間を、森で暮らしながら、人から餌を貰って生活していたことになります。ニホンザルの12年は人間社会では36年に相当します。ツツジは幼少時代からおとなになるまでの長い期間、人間は、「餌をくれる、やさしい仲間」となって接してくれたのです。 ツツジには5匹のメスのこどもがいました。ニホンザルの出産は二年に一度なので、出産が可能なおとな年齢の7歳から15~16年間を出産期間として、生涯に出産できるのは7~8匹になります。

産まれるアカンボウのオスメスの性比の割合は半々です。アカンボウは幼い時期に死亡することもあり、性別と生存率を綜合的に考えると、メスのこどもが5匹、自分の群れのなかに生存していることは、母系社会のニホンザルの世界では、すごいことなのです。ニホンザル社会は、オスザルはおとな年齢になると群れを出ていきますが、メスザルは生涯群れに残り、こどもを出産します。メスのこどもが多ければ多い程、血縁家族の数が増えて、群れの中で一族が主導権を持つようになります。その頂点にたつのが長老になり、つまりツツジがその立場になるのです。

No.971016:4歳になった末娘「モミジ」に毛づくろいしてもらう「ツツジ」。


オスザルのシャチは、ツツジの強力な後押しがあってはじめて、群れの中で強い存在、いわゆるボスザル的な立場でいることができるのです。ツツジからみたシャチは、自分と自分の家族と、そして群れのサルたちを外敵から身を守ってくれる、頼りになる用心棒なのです。ニホンザル社会が母系になっている背景には、メスザルの血縁関係と信頼関係をもったオスザルの存在が、「頼って、頼られる関係」となって、うまく絡み合っているからなのです。

 ツツジの家族は、93年に最後のこどもとなる5匹目の「モミジ」を高齢出産し、4年後の97年にはこども、孫、ひ孫あわせて20匹に及びました。当時の群れ総数が55匹だったので、ツツジ家族のしめる割合が36%になり、私が観察した期間のあいだで、この時代がツツジの力がもっとも強かったではないかと思います。ツツジは27歳。人間年齢では80歳を超えるという高齢でしたが、幼いモモジを可愛がり、ツツジを頼りにする家族も多く、ツツジにとっては幸せな時間が続いていました。 しかし、00年の秋頃からツツジに老いがみえはじめました。眼光のするどさは衰え、背中は丸くなり、腰も落ちて、歩く姿も年寄りっぽくなりました。鳴声は「ゴロッ」という低いトーンに変わりました。ツツジが可愛がったモミジは7歳になり、すでに2匹のコドモを持つ母ザルになり、子育てに時間をとられ、ツツジを気遣う余裕もなくなりました。

群れのなかで、ツツジがひとりでぽつんとしていることがふえました。 01年2月、ツツジたちは深い沢の上流部にいました。北風が吹きつける厳冬期は、大きく蛇行している沢を風よけにして、暖かな場所で過ごします。群れは3日間、まったく移動せずに、同じ場所にとどまっていました。 その3日後の夜、教育委員会を通して住民から連絡がありました。「サルが小屋にいる、すぐ来て欲しい」。胸騒ぎをおぼえながらかけつけると、やはりツツジでした。手足を雪まみれにして座り込んでいました。近づいても、目はうつろで、動く様子もありません。

職員と一緒に抱きかかえて、保護しました。足跡をたどってみると、沢の上流からツツジがひとりで歩いてきた様子がわかりました。群れの他のサルたちの足跡は、沢をさらに登って、尾根を越えていました。ツツジはついて行けなかったのです。体力の限界だったのでしょう。おいてきぼりをくったツツジは、人間の世界に救いを求めたのです。 

保護されたあと、群に戻すためにトラックに乗った「ツツジ」
 

本来、ニホンザルの死亡は、群れについて行けなくなった時点で、そのまま、その場で寿命が尽きるのです。死骸は、キツネ、テン、タヌキ、カラス等の他の生き物の餌となって消えてしまいます。自然界では当たり前におきる日常事です。しかしツツジは違ったのです。「生きる」という気持ちが、12年間、人間から餌を貰って生活した思い出がよみがえり、ためらわずに、人間の世界を選んだのです。

 ツツジは、元気を回復させて、3日後に群れに戻しました。が、その翌日にまた、ひとりで民家の玄関前に座り込んでしまいました。やはり群れについて行けなかったのです。ツツジは、暖かくなる頃まで教育委員会で保護することにしました。雪解けが近くなった3月、ツツジを一輪車に乗せて山の上まで運び、群れのなかに座らせました。ところが、私達が帰ろうとすると、ツツジも一緒についてきたのです。ツツジの体を抑えたのは、その時がはじめてです。細くなったツツジの両肩は、なにほども力がなく、それでもこちらに来ようとしました。「お前の世界はここだろう」。ツツジに言い聞かせて山をおりました。

3日後、ツツジは死亡し、うまれた地に埋葬されました。サル年齢30歳、人間年齢90歳でした。ツツジの生涯は、餌付け、追上げなど波乱万丈だったことでしょう。ツツジの死によって、餌付け時代のサルがいなくなりました。ツツジは、末娘のモミジに自分の後をしっかり継がせ、最後の大仕事をすませて、そして逝きました。ツツジは最後まで存在感の強い、すごい北限のサルでした。 ツツジの歴史は、北限のサルの歴史そのものだろうと、私は考えています。

2013.9