「森は天然のフィールドアスレチック」


 
 「北限のサル」。下北半島にすむニホンザルが名刺を持てば、肩書きに使うことでしょう。世界にはサルの仲間が約220種類すんでいます。チンパンジーやゴリラも仲間です。その中でニホンザルが一番北にすんでいるのです。ニホンザルは日本だけにすむ種類で、北海道を除いて本州、四国、九州に生息しています。

南限は鹿児島県の屋久島で、北限が下北半島になります。北緯41度30分の下北半島が、世界中のサルの仲間の最北限生息地となるのです。1970年に「世界で最も北に生息するサル及びその生息地」として国の天然記念物に指定されています。つまり下北半島という地域にすんでいて、はじめて「北限のサル」になるのです。もし、何かの理由で下北半島からでてしまったら、ただのニホンザルになってしまいます。 

春にうまれた赤ちゃんザルは、1ヶ月もすると、母ザルからはなれて「ひとり遊び」がはじまります。まず、することは、木登りです。はじめはすぐ落ちてしまいますが、体でバランスをうまくとって、すぐに木登りをマスターします。高いところまで登ってしまいます。ニホンザルの足は、手と同じような働きをして、ものをつかむことができます。

専門用語では、拇指対向性(ぼしたいこうせい)と言いますが、足の親指が他の4本の指と向かい合っているのです。私たち人間は両手両足ですが、ニホンザルは「両手両手」なのです。夜間はスギやヒバなど針葉樹の枝の上で眠るのですが、落ちないのは、このような「手」ような「足」があるからなのです。木登りがすぐできるのは、ニホンザルが樹上生活(じゅじょうせいかつ)する動物の証明です。木登りができると、草や木の葉っぱをむしって、においをかいだりして、餌探しをはじめます。ニホンザルは母親が餌を与えることはしないので、木に登って、自分で食べ物を探すという、ひとり遊びのなかで、基本的な生活方法を学びます。




 次は「同級生遊び」です。近くにいる赤ちゃんザルと、体をさわり合うように、ふざけあいのような遊びをはじめます。レスリングをしたり、枝に登って追っかけ合いをしたり、時には、母ザルの体の上でも運動会です。「しようのない子どもたちだね」。気持ち良さそうに眠っていた母ザルは起こされてしまい、赤ちゃんザルたちに怒りますが、赤ちゃんザルは楽しい遊びに夢中で、言うことを聞きません。

赤ちゃんザルたちにとって、春の森にあるものすべてが、天然のフィールドアスレチックになのでしょう。 その次にはじまるのは「上級生遊び」です。上級生は1歳から3歳くらいの、私たち人間年齢の3歳から9歳になる、こどもに分類されるサルです。上級生は、オスザルとメスザルとでは遊び方が違います。メスザルは赤ちゃんザルに接することが多くなります。慣れてくると、体にさわったり、抱いたりもします。母ザルから離れはじめた赤ちゃんザルの子守りの役割をしてくれます。

反対にオスザルは、遊びが大きくなり、力を競い合うような運動をはじめます。これはオスザル特有の上下関係の意識がうまれ、相手を力で負かそうとする行動が増えてきます。この頃から、メスはメス、オスはオス同士で遊ぶことがふえていきます。ニホンザル社会では、メスはうまれた群れでずっと暮らしますが、オスザルは4歳から6歳の、おとな年齢になる頃に、群れから出てゆきます。そして、別の群れにはいったり、ひとりで暮らす「はなれざる」になって、それぞれの人生、いや猿生(えんせい)を送るのです。 「モミジ」の場合は様子が違いました。モミジがひとり遊びをはじめると、母ザルの「ツツジ」がすぐ横に座りこみ、転びそうになると、さっと手をだして助けてしまいます。

同級生の赤ちゃんザルが遊びにくると、ツツジが飛んできて、同級生をにらみつけ、モミジを抱き上げてしまいます。赤ちゃんザルは思わず悲鳴をあげ、逃げてしまいます。ツツジはモミジが可愛くて仕方がないのです。群れのリーダーである、怖いツツジがいつも密着しているので、同級生や上級生も誰も近づくことができませんでした。




モミジの遊び相手はいつも母ザルのツツジでした。1歳になったモミジを前脚のあいだにはさみ、ガードするように歩くツツジや、2歳になって、体の大きくなったモミジを抱きかかえるツツジの姿は、群れの中で異様(いよう)な光景にみえました。モミジは順調に育ちましたが、他のこどもザルと仲良く遊ぶ姿はありませんでした。

 ツツジがモミジを溺愛(できあい)した理由として、2年前に出産した赤ちゃんザルが半年で死亡しており、長くさびしい思いをしていたところに、最後の娘になるモミジがうまれたことで、ツツジの思いがモミジに集中したのだろうと、私は考えています。また、寿命に近い高齢出産が、ツツジを気弱にさせ、幼いモミジを頼りにしたのだろうと思います。 モミジはツツジが死亡した後、ツツジのあとを継いで、群れのリーダーになっています。モミジはツツジの役割を引き継いだのです。

でも、ぽつんとひとりでいるモミジをみると、リーダーになったことが、しあわせなのかどうかわかりません。 ニホンザルの赤ちゃんザルは、母ザルやまわりのサルから受ける影響をそのまま引き継いで、こどもになり、そしておとなになっていきます。同級生や上級生に接することで、集団生活における自分の生きる場所を学び、群れの一員として成長していきます。こども同士が遊ぶ時間は、とても大切だと思います。こどもはこどもによって磨かれる・・。私は、そう考えています。 今、私たち人間社会では、子どもたちの遊ぶ機会や場所が少なくなっています。

「少子高齢化」の問題もありますが、環境に負けないで、外に飛び出して、どんどん子ども同士で遊び回ってほしいと願っています。

2013.5