「下北半島の四季~北限のサルのまちから~」
第一回

※(朝日小学生新聞連載から)

 
 下北半島の春は雪融けからはじまります。フキノトウが顔をだして、フクジュソウの黄色い花が咲き、カタクリのピンクの花が咲いて、5月になってようやく桜が満開になります。茶褐色だった落葉広葉樹の森が新緑につつまれ、新しい季節がはじまります。

この時期、森の中では、「北限のサル」と呼ばれているニホンザルの赤ちゃんがうまれます。体重は300~400グラム。人間のおとなの両手におさまってしまうくらいの大きさです。ニホンザルは40~50頭の群れをつくって集団生活しています。ひとつの群れに、平均して5~7頭くらいの赤ちゃんザルがうまれます。春の森はベビーラッシュです。

出産が集中する理由は育児のためです。母ザルは自分の栄養と、赤ちゃんザルの母乳をつくるためにたくさんの食べ物が必要です。春の森の新芽や花は栄養価が高く、赤ちゃんザル育てるのには最高の季節なのです。春の森と赤ちゃんザルの誕生は切っても切れない関係なのです。



 私の大好きなサルの話しをしましょう。名前は「モミジ」。93年の春にうまれました。母ザルは「ツツジ」です。下北半島のサルは調査や研究のために、顔の特徴を覚えて、主なサルには名前をつけています。ひとつだけルールがあります。メスは植物、オスには魚の名前をつけるのです。名前でオスかメスかがわかるとてもいい方法です。

「サルの顔って、わかるの?」、よく聞かれます。そうです、分かるのです。私たちの顔が違うように、サルたちもぜんぶ違うのです。覚えるポイントは、観察する回数。君たちがクラス替えになって、仲良くなった友だちは顔をすぐ覚えると思いますが、あまり話しをしない同級生は、なかなか顔が覚えられないと思います。サルの顔も、同じサルを何度も観察すると、覚えることができます。長くつきあうと、怒りっぽいサル、臆病なサル、のんきなサルなど、性格もわかってきます。ひとつ大事なのは、相手が何を考えているか、こちらも考えてやること。サルにとって、体格の大きい人間は怖いのです。大切な友だちのつもりでつき合ってゆくと、サル同士の関係などいろんなことが分かってきます。

学問では個体識別という用語をつかいますが、ニホンザルの調査、研究には大切な手法です。 うまれたばかりのモミジは、ツツジに抱かれて、もぞもぞと手だけ動かしていました。細くて、折れそうで、まるで風にゆれる紅葉のようでした。母親のツツジは居眠り。出産で疲れたのでしょう。ツツジはこの時23才。私たちの年齢にすると70才です。「大変だったね、お疲れさん」。声をかけましたが、ツツジは知らん顔してひたすら眠りつづけていました。

本当につかれたのでしょう。赤ちゃんザルをうむことは大変な仕事だなと、つくづく思いました。モミジは、ツツジの保護のもと、すくすくと育ち、いろいろなサルの世界をみせてくれました。モミジは今年で19歳。私たちにするともう還暦を迎える歳ですが、まだバリバリの現役です。モミジは私のサル学の先生なのです。 




ニホンザルの出産を一度だけ観察したことがあります。ふつう、出産は夜から明け方なので、自然では観察できないと言われます。この時は夕方でした。だんだん暗くなり、泊り場と呼ばれる夜の寝場所になるスギ林が近くなってきたのでしょう。群れのサルたちはだんだん早足になります。1頭の若いサルが遅れはじめました。そして、座りこんで、お腹をかかえて、苦しそうな声を出しはじめまし。

「どうした? 具合がわるいのか?」。思わず声をかけました。しかし様子は変わらず、うつぶせになって、うめき声に変わってきました。群れのサルの姿はどこにもみえません。ひとりぼっちです。「集団生活しているのに、みんな冷たいなー」、「誰も助けにこないんだ」。ひとりごと喋っていたら、大きな声が聞こえました。「ウッ」。ようやく何が起きているのかがわかりました。出産だったのです。それから15分。目の前で赤ちゃんザルがうまれました。赤ちゃんザルはうまれてすぐなのに、手の指で、母ザルの体毛をにぎっています。母ザルは赤ちゃんザルを片手で抱え、群れのサルが姿をけした方向に走っていきました。母ザルは6才くらいなので、はじめての出産だったと思います。

成人前の若さで、ひとりで赤ちゃんザルをうんだのです。私は緊張と感動の連続でした。母ザルたちには大事な仕事があります。赤ちゃんザルを抱いたまま、群れのオスザルたちに近寄って、すぐ横に座るのです。それだけのことなのですが、これが大事なことなのです。オスザルは知らんふりをしています。ひどいのは逃げていってしまいます。オスザル面倒なことにはかかわりたくないのです。よちよちの赤ちゃんザルをどう扱っていいのかわからないのです。離れているのが一番いいのだと考えています。ところが母ザルは負けていません。追っかけて、また横に座ります。何度か繰り返され、最後は母ザルが勝利します。母ザルは、力の強いオスザルに赤ちゃんザルを見せて、「みんなの仲間なんだぞ」、「あんたが守る群れのサルなんだぞ」と教えているのです。

ニホンザル社会には、父親の存在がなく、オスザルたちが群れを守る役割をもっています。母ザルの見事な作戦で、赤ちゃんザルが群れの中で安心して暮らせることになるのです。 幼いこどもは社会が守る・・。サルたちに限らず、私たちの世界でも、同じことがいえると思います。
 
長い冬をのり越えて新緑につつまれた春の森。かわいい赤ちゃんザルの誕生に、母ザルたちの「大忙し」はもうしばらく続きます。