愛宕山物語 ~「ロク」の愛宕山~

車庫脇の桜を食べる「ロク」(12年8月11日)
 
  「ロク」が生まれたのは2006年の春。今年で6才になる。母親の「ヨノジ」はすでにこの世にいないが、ロクは後を継いでヨノジが通っていた愛宕山に通い続けている。ロクは3才になった春、父親である「六平」に追われ、愛宕山を追い回されたことがあった。ニホンカモシカは、オスはオス同士、メスはメス同士でナワバリを競合させ、それぞれが単独の生活域を持つ。つまり、ロクがおとな年齢を迎えた時、同じオスである父親の六平に追いかけられるのは、カモシカの世界では当たり前のこと。オスとメスはナワバリを共有している部分があるので、生まれた子どもたちは、父親や母親から、ともにナワバリから追い出されるのである。追われた子どもたちは、違う場所に移動して、新たなナワバリを持つのである。
 しかし、ロクの場合は違った。父親である六平が愛宕山を去ったのである。追いかけをした年の秋、六平が愛宕山の近くの脇野沢川のトボトボ歩き、その後、中学校の背後の空地を歩いている姿を観察した。六平はそれを最後に愛宕山周辺から姿を消した。世代交代したのだ。ロクはその後も愛宕山通いを続け、母親のヨノジとともに歩いた移動ルートまで継承した。


愛宕山公園で座り込む「ロク」(12年11月6日)

ルートのひとつに我家を通過するコースがある。中学校隣の山林が愛宕山まで繋がっているのだが、ロクは移動にその山林や雑木林を利用し、途中から我家に隣の空地を横断して、我家の小さな芝生を横切り、玄関先を突っ切って、さらに道路を横断して、目的地の愛宕山に入り込んで行く。我家を歩く理由は、庭にある桜の木である。桜の木はバラ科に属し、新芽などの枝先はカモシカの好物である。桜は玄関脇の車庫の隣にもある。そしてもうひとつは玄関前にある「イチイ」の木。このあたりでは「オンコ」と呼ぶが、冬期には必ず枝先をつまんでゆく。頼まないのに剪定をしてくれるのである。あまり巧い腕前ではないが、積雪を使用して上部まで刈り取ってくれる。おかげで我家のイチイは上には伸びず、横に広がっている。木に登れないロクにとっては食べやすくなるわけである。ひょっとすると、自分が食べやすくする為に背丈を伸ばさないようにしているのかもしれない。我家のイチイは、母親のヨノジから子どもへと、餌木として見事に受け継がれているのである。カモシカたちの生活の知恵と言ってしまえばそれまでだが、何より、我家も含めてこの地域の人々は、カモシカをみても「追わない」のである。大騒ぎもせず、忙しい時は、顔すら上げないで無視している。愛宕山周辺のカモシカたちにとって、ここは「桃源郷」なのかも知れない。