牛ノ首物語8、番外編
「イモムシのイモムシ」

12歳の「カエデ」、人間年齢で36歳の中年。
 
 もう20年前の話になりますが、懐かしい話をしましょう。彼女の名前は「イモムシ」。生後1年の彼女は一匹のイモムシを見つけ、木の上で遊び始めた。ニホンザルは雑食性でトンボなど小動物も食べる。しかしイモムシは遊びの対象にしただけ。引っぱり、木に擦り付け、匂いをかぎ、なめてはまた引っぱる。何度もそれを繰り返す。一度、手をすべらかして下の笹薮に落とした。すぐ笹薮に潜り込んで探し出してきた。そしてまた同じ遊びを再開した。イモムシは虫の息もいいところだろう。

 彼女にとっての不幸は一連の行動をテレビカメラで撮られた。番組の主役になりかけ、本もテープを消費した。横にいたプロデューサーが一言、「面白そうなサルだ、イモムシと名付けよう」。結局、番組では別のメスザルが主役に躍り出て、彼女は脇役に格下げ。番組終了後も名前をイモムシのまま観察を続けたが、96年に母親になった。「北限のサル」は昔からメスには植物の名を当ててきたのでそれを機に「カエデ」と改名。餌づけ時代に同じ名前のサルがいたが、時代も変わり、いいだろうと判断。
21歳になっても元気な還暦「カエデ」。

 カエデは群れのαメス「ツツジ」の三女。家系は上位なのだが可哀想な境遇だった。出産間もない頃、牛ノ首岬での出来事。好物のイタヤカエデが芽吹く隣にある寄浪地区から移動してきた群れは、むつ湾を望む暖かな海岸斜面に散開した。カエデは幼いアカンボウを片手で抱え込みながらツツジを必死で追う。しかし母親のツツジは冷たく、ますます離れて行く。最後には近づく気配を見せるだけで、逃げるように場所を変えてしまう。運の悪いことにツツジには次女の「スズシロ」がへばりついていた。カエデの姉である。

ニホンザルの定説は「末子優先」で、末の子どもが何事にも優先されるので、本来はスズシロよりカエデが保護されるはず。しかし、観察している限り、ツツジは姉のスズシロの言いなり。その反動がカエデにでていると思えなかったが、カエデの不幸は果てしなく続いた。カエデがイモムシで屈託なく遊んでいた時代がウソのように思えた。ツツジにはカエデの一人遊びが自立に見えていたのだろうか。現在、91年生まれのカエデはもう21才の老メス。私たちの世界では長期高齢者に近くなるのだが、不遇な環境が彼女を逞しくしたのか、見たところはまだまだ元気だ。カエデに改名したとはいえ、やはりイモムシで遊び続けた印象は忘れがたく、今でもフィールドノートにイモムシと書いてしまうことがある。
21歳のイモムシもないだろうが・・。