牛ノ首物語8「大震災とパープル」

雪の中を歩く「グレー」と「パープル」(右)
 
2011年3月22日、東日本大震災後はじめて牛ノ首岬を歩いた。むつ湾から吹く風に春の香りがただよい、フクジュソウの開花が長い冬の終わりを告げていた。未曾有の被害をもたらした被災地はまだ復興のかけらもみせず、いつもの調査ルートを歩いていても気が重く、春を迎える気持ちにもなれなかった。ベンチのある場所で何かを感じた。目の前に「グレー」が立っていた。距離は10m。気がつかなかった。グレーに警戒の目はなく、ただじっと見ている。こんなグレーははじめて。気を落としている私を見て慰めてくれているのか。身勝手な解釈をした。グレーはササをかき分けながらゆっくり海岸側の沢に降りた。こどもの「パープル」の姿が見えない。ササに隠れているのだろうか。慎重にグレーを追跡しながらあたりを探しまわる。パープルは100m離れた尾根にひとりで立っていた。鯛島を背景にする姿はもう一人前。「もう自立をはじめたのか」。今冬は最深雪が132㎝。過去2カ年の豪雪年にはこどもが死亡している。そして大地震。いろいろな苦難があったが、パープルは豪雪を乗り越え、歴史的大地震も体験し、独り立ちの春を迎えた。


最後の写真となった雪解けの「パープル」

この日はグレーに慰められ、パープルに元気を貰って牛ノ首岬を後にした。5月13日、耳を疑う情報が届いた。今春からカモシカ調査にきている大学生のTさんが、山菜採りの地元女性が牛ノ首岬にカモシカの死体を見つけたと聞き込み、海岸斜面下で小さな死骸を確認してきたという。「磯山さんが観察しているカモシカですよね」。聞きたくない言葉だったが、彼女に案内を頼んですぐ牛ノ首岬に向かった。パープルはフキの葉に隠れるように横たわっていた。すでに白骨化しており、死亡は4月中頃と推定された。大震災後の出会いから一ヶ月後になる。あの日、すっかり成長したものだと安心していただけに落胆は大きかった。春に出会い、夏、秋と過ごし、初めての冬を小さな体で雪をかき分け、母親の後を懸命に追う姿が懐かしく思い出された。豪雪と歴史に残る大地震を体験したパープルは11ヶ月の短い生涯を牛ノ首岬で終えた。本当に残念だった。パープルの死は未曾有の被害をもたらした東日本大震災と重なった。太平洋沿岸で被災された方々が一日も早く再建、復興に近づけることを、牛ノ首岬から心から祈念し続けていたいと思う。