「牛ノ首岬の10年」

 
2001年夏、牛ノ首物語を書き始めた。牛ノ首岬を生活場所とするニホンカモシカ(以下カモシカ)と時々やってくる北限のサルたちの観察記録だ。下北半島の南西端に位置する25ヘクタールのこの岬は、ミズナラ、シナノキ、カシワ等落葉広葉樹林が急峻な海岸線にまでせり出し、草食動物たちにとって好適な生活場所となっている。沖合に浮かぶ「鯛島」は牛ノ首岬と一体化して独特な風景をつくりだしている。
カモシカは1955年、絶滅が危惧される国の特別天然記念物に種として指定、下北半島にすむサルは1970年に「世界で最も北に棲息するサル及び生息地」として国の天然記念物に指定され、ともに文化財として貴重な生き物がこの地で育まれている。顔の特徴などで個体識別して観察したカモシカは20頭、サルは23頭に及び、大半がすでにこの世にいないが、貴重な観察記録やエピソードを残してくれた。
 1987年、当時の脇野沢村に移住してはじめて出会ったカモシカはメスの「ムラサキ」、つがい関係を持つオスには「ゲンジ」と名付け、岬一円にナワバリを持つ二頭が主役だった。ムラサキは5頭のこどもを出産したが2000年のオス「ミドリ」を最後に、その年に死亡。幼いミドリは母親なしで冬を乗り切り、ナワバリを後継した。新参の「クロ」が登場したのは1990年。
隣接するトドメキ崎から移動、ゲンジとつがい関係を持ち2001年にメス「グレー」を出産。ムラサキの死後はゲンジも姿を消し、2004年にクロも死亡。ミドリとグレーはつがい関係を持ち、牛ノ首岬のカモシカは世代交代され現在に至っている。



一方、北限のサルたちは、1984年に結成された群れが1週間〜2週間の間隔で岬にやってきた。当時のαメス「ツツジ」とαオス「シャチ」はじつに息の合ったコンビで、思い出話しは限りない。しかし個体数増加など環境変化にともなう被害対策措置として青森県が2000年に、下北半島ニホンザル特定鳥獣保護管理計画を策定。「北限のサル」は被害防除と文化財保護の狭間におかれる微妙な立場になった。ツツジは2001年に寿命で死亡。当時の末娘の「モミジ」が母親のαメスの地位を継承。
続いてシャチが姿を消し、モミジの相棒であるαオスは「カナガシラ」、「ハモ」と引き継がれた。さらに2008年に群れが分裂、αオスは「ホッケ」に入れ替わって新時代を迎えた。 被害対策の保護管理計画についても第二次改訂がなされ、被害防除策は特定個体捕獲から個体数調整捕獲へと移行。さらにモンキードッグを導入、群れを畑地付近から山林へと追い上げを強化し、北限のサルを取り巻く環境は激動期を迎えた。「人とサルとの共生」は揺れ動いている。牛ノ首岬は下北半島からみるとわずかな面積だが、森と海が融合する「癒しの空間」でもある。