「ヨノジの思い出」

雪の愛宕山公園の「ヨノジ」、後ろは子どもの「ナナ」と「ロク

  夏の終わりを告げるツクツクボウシが鳴きはじめた。昨夏以来、愛宕山のカモシカ「ヨノジ」の姿は見えない。過去の観察状況を考えると死亡したのだろう。1994年、愛宕山で「ハチノジ」と一緒に行動していたのが初観察。観察年の「4の字」と名付けて16年。途中、空白の観察期間があるものの足掛け16年の付き合いになる。当時3才位だったので18才位で天寿を全うしたことになる。ニホンカモシカとしては長寿の方だろう。
 ヨノジは我家にもよくやってきた。愛宕山公園の行き帰りに寄ったり、冬期愛宕山に何泊もするおりに、玄関先の「イチイ」をよく食べにきた。愛宕山は脇野沢港の入口にあり、脇野沢の玄関とも言える。南東からヤマセが吹く時は北西側の斜面、冬に北風が吹く時は南側斜面に移動して生活していた。我家の窓からヨノジを何度か観察したことがあるが、居場所によって風向きが分かった。寒いから風下に逃げるのではなく、風によって物音が聞こえず、安全確保する為に風のない場所に移動して生活するという、カモシカの生態もヨノジから学んだ。また子育て、子別れした後の生活の様子なども教えられ、カモシカ像の基本を培ってくれた。

 
悠々と道路を歩く「ヨノジ」
 
愛宕山周辺では、当時の村の人々も、道路を横断していると車を徐行させて待ったり、自転車も迂回させるようにしてヨノジやその子どもたちへの気遣いを見せてくれた。地域の人々に支えられてヨノジは生活していた。姿を見せなくなったこの頃は、「カモシカ、見えねえなー」と挨拶替わりに声をかけられる。人々も癒されていたのだろうと思う。現在、ヨノジの子どもたちがオトナになって「愛宕山詣で」を続けている。我家の芝生も横切って様子は母親そっくり。「あれ! ヨノジか?」と錯覚する。ふと懐かしい想いにかられるが、ヨノジはちゃんと生活する方法を子どもたちに伝承して、そして逝ったのだ。