牛ノ首物語8「牛ノ首岬・厳冬」


  大寒を過ぎたこの日は寒かった。前日牛ノ首岬のスギ林に泊ったサルたちは、朝9時を過ぎても全員ピクリともしなかった。ようやく10時を過ぎたあたりに頭上で、「ヒュー、ウィッ」、「ホー、ウィッ」と鳴き交わしがはじまった。1頭のサルがスルスルと樹を滑り降り、それを機に次々と降りてきた。やっと起きる気になったようだ。頭上ではゴーゴーと雪煙が舞っている。バッグにつけた温度計はマイナス5度。きょうも寒い一日のはじまりだ。
 サルたちは広葉樹にのぼりはじめた。細めの枝先には小さいコドモ。昨年生まれのアカンボウ、その背後には母親、幹の太めの場所には体の大きなオスザル。体重が中くらいのワカモノはその間に入って採食している。体重別に食べる場所を使い分けている。全員が風上に背を向け、少しでも暖かい姿勢をつくろうとしている。こどもを抱えた母親は地面に座り込んでじっとしている。全員が採食する木に登れない。足下の笹薮が動いている。足跡がたくさん残り、サル達がササ喰いをしていることが分かる。眠っていたスギ林に戻り、双眼鏡で木の上を探しまわると、まだ惰眠をむさぼっているサルが何頭もいた。ざっとまとめると樹皮採食組が20頭余、ササ喰い組が20頭余、30頭程が惰眠組。残りは離れて行動しているのだろう。
 
 
樹皮組が採食を終え、少しずつ移動をはじめた。雪は深い。強風が節煙を舞い上げる。サルたちは誰かが歩いた道筋を辿ろうと順番待ちをする。はじめは間隔を取りながら順に歩いて行くが、ひとりが途中のササでもつまみ食いしようものならただちに渋滞。後を気にしながら前のサルを急かすが、大体うまく行かない。新雪をかき分けて「人いやサルのため」に新しい道をつくるボランティア精神の持ち主は誰もいない。みんな体力を出し惜しみする。厳冬を乗り切るための知恵である。
 道路を横断して隣接する尾根に移動した。杉林の惰眠組も合流した。こちらは少し風の吹き込みが少ない場所だ。サルたちは雑木林に広がってまた冬芽と樹皮をかじりはじめた。お昼を過ぎても気温はマイナスのまま。きょうもまた真冬日になった。「なぜこんな寒い地に住むのだろうか?」、いつもの疑問がわき上がってくる。
 冬のサルたちは美しい。厳冬を生きる姿にはいつもながら心うたれる。「情景・・心にある感じを起こさせる光景や場面」。どこかのテレビ番組で使っていた言葉だが、いつまでも残したい日本の情景であることは間違いない。