牛ノ首物語8「牛ノ首岬のカモシカ史」


 牛ノ首物語も10年目を迎えることとなった。顔の特徴などで個体識別し、紹介したニホンカモシカは20頭、ニホンザルは23頭に及ぶ。かれらの寿命が20年前後のことを考えるとずいぶん長い付き合いになった。これまで登場したカモシカたちを一度整理してみよう。87年、脇野沢村に移住しはじめて出会ったカモシカはメスの「ムラサキ」。歴史上の人物、紫式部から名前をつけた。つがい関係を持っていたオスは「ゲンジ」。光源氏である。ムラサキは5頭のアカンボウを出産したが、00年の「ミドリ」と名付けたオスの子どもを最後にその年に死亡。年格好からみて寿命であろう。ミドリは初めての冬を母親なしで乗り切った。新参のメス「クロ」が牛ノ首岬に入り込んだのが90年。隣接するトドメキ崎から移動してきたと思われる。この頃はメス2頭にオス1頭の関係が続いていたが出産はムラサキのみ。しかしムラサキが死亡して間もなくゲンジが姿を消し、同時に新しいオスが姿を見せると、01年にクロがはじめての子どもになるメス「グレー」を出産。クロは出産出来ないのではと考えていたが、ゲンジとの相性が悪かったのだろう。
 
 その後、新しいオスはミドリの成長とともに姿を消した。ムラサキの忘れ形見のミドリは母親のナワバリを後継した。クロは04年に死亡。3才になったグレーが後継する形で残り、牛ノ首岬のカモシカはミドリとグレーになり、世代交代がなされた。
 グレーは04年にはじめて出産。以後、10年まで7頭の子どもを連続出産。しかし04、05年は豪雪に見舞われ、ともに子どもは春を迎えることが出来なかった。連続出産は自然死を見込んでのかれらの生活の知恵であろう。06以降の子どもは2~3年で牛ノ首岬から姿を消している。別の場所に移動してナワバリをつくっているのだろうが、なかなかそこまで追跡が出来ない。07年、ミドリは左角を折った。はじめ別のカモシカと見間違えたが、生え変わりしない角は折れるとそのまま。新たな特徴になる。08年あたりから隣のトドメキ崎まで遠征するようになったミドリの観察に大いに役立っている。牛ノ首岬は下北半島の南西端、面積も25ヘクタールの小さな岬だが、ここでの観察は私のカモシカ像に大きな貢献をしてくれている。偶蹄目ウシ科、日本の固有種、生息北限地、特別天然記念物、原始動物、孤高の動物、森の哲学者、そしてこのあたりでは「アオシシ」。さまざまな言葉が思い浮かぶが、何より森がもっとも似合う動物であり、癒しを与えてくれる存在である。