「牛ノ首物語番外編・グレーとパープル」

 
 3月22日、大震災後はじめて牛ノ首岬を歩いた。2週間振りになる。被害はなかったものの、社会情勢の不安定さもあってとても山に入る気になれなかった。連日流される被災地の映像を受け止めるだけで精一杯だった。いつもの歩道を上りながらフキノトウや開花しはじめたフクジュソウを見ていたつもりだったが、色んな事を考えていたのだろう。目に止まっていなかった。ベンチがある所でふと気配を感じた。「グレー」が10mのところに立っていた。いつもならもっと早い時期に気づいている。警戒心はまったくない。気の強いグレーにしては珍しいと思ったが、グレーの目に吸い込まれた。驚いた。グレーの目に悲しみがみえた。
 牛ノ首岬からむつ湾越しに南方に目をやると夏泊半島が望める。その左手が野辺地になり、その先に大震災を受けた八戸~宮古~松島~福島~茨城へと続く。グレーはそれらを背景にするように立っていた。グレーも11日の大地震は感じたはず、どうしていたのだろうか、昨年生まれの「パープル」はどうしたのか? 大きな揺れできっと逃げ惑ったのだろう。さらに、豪雪の影響を考えはじめた。今冬の最深雪は132センチだった。05年と06年の豪雪年、グレーのこどもは2年続けて死亡した。パープルの姿はどこにもなく、ようやく現実の時間が戻ってきた。

 
 グレーの観察を止めて、別の場所に移動した。頂上から海岸側のスギ林へと歩いてみる。残雪に足跡がかすかに残っていた。サイズを測ろうとするが不鮮明。やや小さめにみえるものの決定打にはならない。歩道からスギ林の中を蛇行しながら歩くが手がかりはない。諦めて歩道に戻り歩きはじめたとき、視線を感じた。目を透かすと遠くの笹原にパープルが立っていた。往路は座り込んでいたのだろう。気がつかなかった。母親の悲しみの目に比べてパープルの目には凛としたものを感じた。背景には「鯛島」が浮かび、鯛島が父親のようにも思えた。パープルは豪雪を乗り越えて大きく成長し、もう一人歩きをはじめていた。逞しい奴だ。この日は、グレーの悲しみの目に慰められ、パープルの凛とした姿に現実の時間を取り戻した。この度の大震災は記憶から消えることはないだろう。被災地から遠く離れたこの地でさえ、大きな影響を受けている。過去は戻らない。被害を受けた無数の人々が、さまざまな人々によって慰められ、励まされ、支えられ、そして復興に向けた新たな時間を刻んでゆくことを、ただただ心から願うばかりである。