牛ノ首物7
「サンショウの生涯」

ポンカンをグルーミングするサンショウ:(脇野沢寄浪)
 
 山椒は小粒でピリリと辛い。サンショウはそんな意味も含めて名付けた。体が小さく、出産したアカンボウを抱いていても親子ではなく、姉妹に思えた。
右目が小さく、識別の特徴はかなり分かり易かった。ただ、少し騒動が発生すると一緒になって大騒ぎした。横に強いサルでもいるともう大変。目に前に居座ってオス以上の威嚇をしてきた。集団の行動はニホンザル社会では当たり前だが、サンショウの場合は度を超していた。ピリリどころではなかった。
 一度、肩に飛び乗られたことがあった。群れを追跡して薮の中に突っ込んだら、一斉にサルの姿が消えた。ひとりで探しまわっていたらあちこちから顔が出て、気がついたら10頭以上に取り囲まれていた。ズボンを引っ張る奴、膝に手をかける奴、頭上から手を伸ばして髪を引っ張る奴、目の前にドンと座り込む奴など薮の中では好き放題。最後の詰めがサンショウ。「ギャー」と鳴きながら枝から飛び下り、肩を一蹴して、飛び去った。いま思い起こしても凄い恐怖だった。そのサンショウが08年に姿を消した。推定25才。サル寿命を全うしてもおかしくない年齢。死亡は確実だろう。サンショウの大袈裟な行動はすべて「生きる知恵」だった。群れの順位が低い彼女は味方を捜す為に大騒ぎした。出産してもオスばかり。数年で群れを離れるオスザルは家族にならない。

最後の写真となったサンショウ:(脇野沢九艘泊)
 
ある時は事故でこどもが亡くした。直後のサンショウのこどもを探す悲痛な鳴声は今でも脳裏に残る。不運としか言いようのないサンショウはいつもひとりでポツンとしていた。周りのサルも寄り付かず、サンショウが大声で泣き叫んでも無視。誰も加勢にこないことになる。ニホンザル社会は辛辣なところがあると思った。結局、サンショウはいつも大袈裟に「外敵が来た」と訴え、そんな繰り返しだった。しかし、93年と95年に生まれたメスザルが無事に育ち、家族が構成されて群れの中の居場所が安定した。グルーミングをしてもらうサンショウの顔つきに険しさも消え、おばあちゃんの雰囲気さえ出て来た。しかし不運なことにその頃から群れが不安定になり、激動の分裂を迎えることになった。当時サンショウは24才。寿命に近い年齢で分裂する側の群れを引っ張るかたちになり、ストレスが溜まるのだろう、昔の大騒ぎするサンショウに戻ってしまった。若い頃、家族に恵まれず苦労が続き、晩年やっと落着きはじめたら群れが分裂。まさに波瀾万丈の人生、いや猿生だった。こどもたちには「ポンカン」「キンカン」と名前をつけている。右目が小さく、目を吊り上げてすぐ威嚇をする仕草は親のサンショウ譲り。昔は嫌だったが、今は懐かしい思いにかられる。