牛ノ首物語8
「グレーの家族」

 
 01年に牛ノ首で生まれた「グレー」は、3才になる04年春にはじめての子どもを出産。翌年も続けて出産した。不幸だったのはその2年間は豪雪に見舞われたこと。最深雪が128cmと107cm。こども達はともに冬を越すことが出来なかった。死亡原因は積雪の深い沢にはまり込み、脱出できずにそのまま凍死となる。体格の小さなこどもは積雪量が命取りになる。グレーはその後、06年から10年まで5年続けて出産。暖冬の恩恵もあって5頭とも育ち、「アイボリー」、「オリーブ」、「ブルー」、「イエロー」、「パープル」と名前をつけた。積雪期、ニホンカモシカは家族群で暮らすことが多い。3頭、4頭あるいは5頭という観察記録もある。顔ぶれは、母親と1年未満のこどもと昨年のこどもの3頭連れ。時々、父親になるオスが一緒になり、まれに2才、3才のこどもが加わり4頭、5頭となる。家族群という背景には冬期の餌場事情の悪さが影響する。ナワバリは、つがい関係の雌雄は重なっているが、生活はそれぞれ。基本は単独生活である。子育ては母親のみ。こどもは2〜3年母親のナワバリで暮らし、2〜3年後に別の場所に移動して行く。牛ノ首岬の海岸斜面には良好な餌場が整っている。急峻な地形によって積雪が少なく、餌となる下草が採食しやすい。また強い風を避けることの出来る場所が多い。

 
視力の悪いカモシカは匂いと音が頼り。しかし雪は匂いを消し去り、強い風音は物音も包み込んでしまう。風下を好むのは聴力による安全確保が出来るから。餌場と安全性を綜合した結果、母親のナワバリで生活するこども達や父親が集まるわけである。これが冬期には顕著になる。
 08年2月9日、牛ノ首岬の先端にグレー親子がいた。周りはカシワ林。グレーの脇にオリーブが寄り添い、少し離れて成長したアイボリーが立っていた。上空は「ゴー」と北風が渦巻くが、かれらのいる場所は無風。家族が牛ノ首岬の懐に包まれているように思えた。10月28日、落葉後の雑木林でグレーとブルーに出会った。春に生まれたブルーは母親にぴったり寄り添う。生後半年間は母親からさまざまな社会を学ぶ大切な時期。まもなくやって来る厳しい冬に備えている。親子が歩道に移動した時、脇からもう1頭別のカモシカが現れた。オリーブだった。2月に母親に寄り添っていた幼い面影は消え、母親と弟の前に立ちはだかった姿には逞しさを感じる。大きくなったものだ。すでに牛ノ首岬から姿を消した兄アイボリーの役割りを担っている。もう一人前だろう。カモシカの家族の顔ぶれが毎年入れ替わるのはこども達が順調に成長している証拠でもある。グレーの家族は牛ノ首岬の懐で、守られ、育てられ、そして新天地に旅立って行く。