牛ノ首物語6
「ラッセル隊長のハモ」

 
 「ハモ」が「モミジ」の群れのα(アルファ)オスになったのは03年。αオスとは、最近は動物園でも第一位オス等と呼んでいるが、昔の言葉ではボスザルのこと。母系のニホンザル社会ではメスが群れの中心になり、数の多い家系が序列の上位になる。モミジは第一位メスだった母親「ツツジ」が01年に死亡。そのまま後釜に座り、相棒に新しいオス「ハモ」を選んだ。メスが生まれた群れに定住するニホンザル社会では、近親交配を避けるためにオスが群から群れを移動して渡り歩く。生まれたオスも数年で群れを離れ、別の群れに入ってから繁殖する。見事な仕組みになっている。年が明けた08年1月は、積雪はそこそこだったが、寒い日が多く、北風を避ける絶好の餌場になっている牛ノ首岬を利用することが多かった。地形が東西に走り、北風を南側斜面で避けることが出来、餌となる雑木林、防風林を兼ねた寝場所となるスギ林が点在する牛ノ首岬は絶好の冬期保養地になる。大寒を過ぎた2月10日の牛ノ首岬は昼でも気温がマイナスの真冬日だった。とくに平
舘海峡から吹き付ける北風は頬に氷を押し当てられる冷たさ。雪にまみれたサルたちの指先は半分凍っている。頂上のアオダモの樹にハモが上り、冬芽と樹皮をかじりはじめる。

 
続くのはモミジ。そしてこどもとメスグループが次々と登って行く。またたくうちにサルの鈴なりになった。降雪が強くなり、全員が雪だるまに変わる。誰が誰だか分からない。カメラのファインダーが曇り、続いてメガネが曇る。指の感覚もすでになくなった。視界不良のまま半分当てずっぽうにシャッターを押し続けた。採食を終えたハモが降りた。50センチを超える新雪のラッセルをはじめる。ハモは大きな体を活かしてりっぱな雪道をつくり出す。すぐモミジが続き、あわてて全員が後を追う。ハモは頂上を強引に横断し、スギ林に向かう最短コースをとった。落葉しないスギ林内には積雪が少なく、ラッセルも楽になる。ハモは体だけでなく、頭も使って移動コースを選んでいる。時間は午後3時。きょうはそのまま寝場所になるのだろう。冬の活動時間は数時間。遅く起きて早く寝る。動かなければ腹が空かない。冬はまさにエコ生活である。08年秋、ハモは群れから姿を消し、モミジの横には新しいオスが座っていた。姿を見せて7年、αオスとなって5年。政権交代はサル社会の約束事。かれらのルールだが、さまざまな出来事がつまった時間は私にとってはあっという間の時間だった。ハモは今頃、どこで、誰のためにラッセル道をつくっているのだろうか。