「続・ヨノジ物語」・1

伐開地で採食するロク

 
 2007年6月24日。「ロク」は脇野沢中学校奥にある伐開地でひとり採食していた。角が伸び、成長した体はすっかりおとな。1年前、母親「ヨノジ」のホーミーのような呼び声に駆け寄ってきた幼い面影はすっかり消えていた。ロクのはじめての冬は最深雪が30㎝だった。過去2カ年は1mを越える豪雪。ニホンカモシカの子どもの死亡は冬、沢にはまり込んでそのまま凍死する場合が多く、ロクは暖冬の恩恵で冬越しをした。生存率が高くなる。さて、母親のヨノジはいっこうに姿を見せなかった。ナワバリである愛宕山公園から伐開地周辺を何度も調査するが空振り続き。いろいろ思いを巡らしてみた。ひとつは死亡だが、断定するのは時間がかかる。もうひとつは脇野沢川の河川改修工事が佳境にはいったこと。奥山から愛宕山まで移動経路に利用している道路周辺に詰所が置かれ、車両と関係者の出入りが激しくなったこと。ある程度人慣れしたヨノジといえども敬遠するのではと思った。そして残る可能性として出産。他地域の観察でも出産直後しばらくは姿を見せない。

河川敷を歩くヨノジとナナ

そんなある日、愛宕山公園前に住む友人から携帯電話がはいった。「愛宕山にカモシカがいるよ、それも2頭」、「親子みたい・・」。カメラと双眼鏡を掴んで走った。ヨノジだった。傍らに可愛い子どもを連れていた。小躍りする心を抑えながらカメラを構えた。しかしそんな時には必ず「不穏な空気」が漂うもので、ヨノジは子どもを急かせるようにツツジの茂みに飛び込んだ。人間の焦る気持ちはかれらにすると殺気になる。いつもは心の準備を万全にしてから撮影に望むが、この日は駄目だった。長い静寂が続いた。ひょっとしてはと思い、脇野沢下流域にあたる海岸側に移動した。手遅れだった。ヨノジ親子はすでに完成間もない橋脚の下をくぐっていた。そして工事中の河川敷を歩き、奥山に続く急斜面を駆け上がった。河川改修工事がヨノジの新しい移動経路を産み出していたのだ。この日は日曜日で工事が休みだった。5日後、ヨノジ親子は再び愛宕山公園に姿を見せた。前回とおなじような展開だったが、今回はたっぷり時間をかけて新しい橋の上で待ち続けた。ヨノジは川岸に降り、子どもを待ち、一緒になって私の足下に向かって歩きはじめた。子どもが体を密着させるので運動会の二人三脚のような歩みだったが、橋脚下を通り抜け、無事に斜面にたどり着いた。この日は工事関係者が数人橋の上を行き来していたが、ヨノジ親子には気がつかなかった。
 脇野沢川の河川改修工事が新しい死角をつくり出し、ヨノジの安全なカモシカ道となっていたのだ。子どもは「ナナ」と命名した。

公園下の川岸を歩くヨノジとナナ