「カモシカの死に場所」

蛸田漁港
 
 「カモシカのこどもが怪我をして、脚を引きずりながら道路を歩いていました」。帰るや否や彼女は息せき切って報告して来た。自転車で来訪した女性からの第一報である。ニホンカモシカは国の特別天然記念物。目撃場所はむつ市脇野沢から海沿いに4kmほど行った蛸田地区の漁港近く。「小さなこども」、「脚を怪我したらしい・・」。彼女の言葉に「保護の必要あり」と判断。双眼鏡とカメラを持って取り敢えず車を走らせた。カモシカは漁港の波返しに寄りかかるように立っていた。立っているのが精一杯の様子。小さいカモシカは「老いたオスカモシカ」だった。20才を越えているだろう。

 両方の角が折れ、角こすり行動のために先端が丸くなっている。近づくと少し逃げる素振りを見せるが、左の後ろ足が動かないとみえて、引きずって歩く。外傷はないが、腰を落としてあるく姿が素人目には小さく見えたのだろう。老オスは漁港の草地に向かって歩き出し、丸太が積んである傍らにへたり込んだ。「怪我したこども」は「寿命を迎えた老カモシカ」だった。ふと、目の前のカモシカに見覚えがあり、あちこちのカモシカの顔を思い浮かべた。ここから1.5kmほど行った九艘泊地区の集落付近で何度か見かけたカモシカだった。
九艘泊北海岬
 
はじめは今年の2月13日。暖冬で雪が早目に消えた北海岬で出会い、5月1日に九艘泊川下流域の土手で採食していた。8月20日には集落を歩き回り、忙しそうに作業をする婦人から声をかけられていた。そして通報された9月22日は九艘泊から2つ集落が離れた蛸田地区。老オスの推論をまとめると、長く九艘泊地区で住んでいたが、老齢の為に山林内にナワバリを保持出来なくなって集落付近に餌場を求めた。河川敷や河川法面は格好の餌場である。他のカモシカから排除されることもない。地区の人々とも顔馴染みになり、追われることもなく、老後を過ごすには最適の場所となっていた。


夏が終わり、死期が迫ってきたが、山林に入って行くことが出来ず、ひたすら道路を歩いた。カモシカがあるいた道は急峻な崖を削って出来た海岸道。そして蛸田地区の漁港まで来て力尽きた。こんなことを思いめぐらしていたら、横たわった老オスカモシカの息が荒くなってきた。保護というより死に場所を考えることになった。
老カモシカは25日朝に絶命した。死骸は教育委員会の手で山中に移動させ、寿命による自然死として扱った。短期間の付き合いだったが、最期に立ち会えたのも何かの縁だった。それにしても何処に行こうとしていたのだろう。「送り人」にはなれなかったが、心から合掌。
九艘泊九艘泊川下流

九艘泊集落