牛ノ首物7
「ミドリの角」

左角が折れたミドリ、撮影12月7日
 
 「あれれ!」、何度も目をこすった。2007年12月。晩秋がうっすら雪で覆われはじめた頃、いつもの歩道から海岸側斜面を下り、双眼鏡を覗いた瞬間、思わず声が出た。左角が折れている。牛ノ首岬にはいないカモシカだ。ひょっとしてと思い、じっくり見直した。「ミドリ」だった。2ヶ月前に観察した時、角は健在だった。ニホンカモシカの角は生後2カ年で一気に成長する。しかし以降、徐々に根元部分だけが僅かに伸びて20センチ程度でとまる。そのおり、冬場の悪い餌事情が輪になって現れるのが角輪。発育不良の印でもある。メスは出産後の栄養状態が角輪に現れ、出産したアカンボウ数まで解る。
 カモシカは角や顔の特徴で個体識別するが、その際、ナワバリ制を考えながら「ここに住んでいるカモシカは、これとこれのはず・・」といった限られた選択肢を使う。顔を識別したカモシカの場合でも、まったく違う場所で出会ったら判別出来ない場合が多いと。ニホンザルにも似たことが言えるが、野生動物の個体識別は不明瞭な部分も含む。
 ミドリと分かればそこからはいつもの観察。折れた角の分析がはじまる。侵入カモシカとバトルをやったのだろうか? そうなると侵入したカモシカは? しかしその割には外傷がない。あるいは、折れた場所がカーブの部分なので、角こすりの際の自然欠損か? もう年なのだろうか? 

角が折れる前のミドリ、撮影10月4日
 
カモシカの寿命は7.4才とも言われている。10才以上のオスは角折れが多い。しかしメスの場合はそんなことはなく、オスの攻撃性が影響するのだろうか? 疑問から疑問が広がり、振り出しに戻るだけだった。傷跡から犯罪手口や犯人を推理する事件捜査方法が書かれた「死体は語る」という本があり、真似て推理を働かせたが角折れだけでは何も語ってくれなかった。結局、結論出ず。さまざまなことを考えていた間もミドリは気持ち良さそうにいねむりをしている。
 ともかくミドリは角折れになった。こうなると誰がみても特徴のあるカモシカになり、旅人の目撃情報でも「角が折れていなかった?」と聞くことが出来、ミドリの詳細な観察記録が増えると考えていた。ゴールデンウィーク前後は旅人が多かった。自然志向の強い人も多く、牛ノ首岬で
カモシカと遭遇する割合も多かった。さっそく情報を聞きまくった。ところが答えは、「角が折れていたかどうか自信がない」、「折れていたと思うが、どっちの角だったか分からない」、中には「角って、あるんですか?」ときた。甘かった。やはり観察、調査は自分の目で確かめないと・・。