『北限のサル』の上京

 
4月23日、21匹の「北限のサル」が大きなトラックに乗せられて、むつ市脇野沢庁舎前を出発した。目的地は東京の上野動物園。
昨年、青森県の下北半島ニホンザル特定鳥獣保護管理計画第二次が策定され、農作物被害をもたらすレベルの高い群れに対して個体数調整がかけられることになった。そして、昨年12月から捕獲が実施され、脇野沢の一部のサルに対して上野動物園から譲渡希望が申請されていたのである。
搬送される前々日、捕獲された28匹のサルを野猿公苑に見に行った。一時収容のケージは野猿公苑の一部を仕切り、前から居るサルと争わないようになっている。集団生活するサルは群れが混ざると争いが起き、死亡に至るので、それらを回避する為である。仕切りの反対側に居る1982年に捕獲された野猿公苑のサル群は、当時の世代はすでに死亡し、今は新世代のサルばかりで形成されている。言わば野猿公苑が故郷のサルである。仕切りを挟んである意味で二種類のサルがケージに入っていることになる。

 
こんな見方は身勝手なものだが、サルを比較すると眼光や毛のツヤなど見た目の違いが大きい。生まれて外の世界知らないサルたちは、限られたケージの中で友好的にサル同士が付き合う方法を学び、相手を威圧する野生の鋭い眼光も必要ないのである。野性味を出すと怪我の元になる。一方のサルたちは3ヶ月前まで野山を好きな様に駆け巡り、集団の中に自らの力で居場所を築き上げてきたサルである。油断が出来ない生活の連続でもある。双方、無理もないと思う。収容期間中の話しを関係者に聞くと、捕獲を免れた仲間のサル群が野猿公苑周辺を通過する際、金網越しにお互いをじっと見つめ合っていたと言う。それぞれにどんな想いがあったのだろうか。現状ではどうしようもない運命とは言え、言葉を失ってしまう。
搬送当日の朝、1匹のアカンボウが誕生した。譲渡は20匹の予定だったが、急遽1組親子で上京することになり、21匹となった。東京まで約800km。長い道中だったと思うが、かつて日本列島を北上し続けた祖先が辿った道程を逆行したことになる。上京グループに選ばれなかった8匹は安楽死させられた。
上野動物園の「北限のサル」はサル山の目処がつき次第、一般披露されることになっている。