北限に生きる〜モミジ物語〜4

「長い冬」

 
2005年は激動の冬を迎えた年であった。青森県が下北半島ニホンザル特定鳥獣保護管理計画を策定し、それに基づく被害対策の一環として、群れの特定個体に対して捕獲申請が提出され、実施することになった。対象は「モミジ」の群れ及び近隣する群れの周辺に出没するオスザル24頭。捕獲期間は1月17日から2月28日。捕獲の目的は00年頃から人家侵入が頻発し、特定したサルを捕獲することによってまず被害防除をし、さらに人家侵入行為が群れ全体に広がる防止策でもある。ニホンザルは群れで生活しているために、個々のサルが起こす問題行動が群れ全体のサルに広がることを防止する試み。集団生活する野生動物の面倒なところである。反面、世界で最も北にすむサルとして1970年に国の天然記念物指定を受け、体の改造をしながら温暖性のサルが厳冬地を生き抜き、今日まで下北半島で生活を続けてきた貴重な文化財産として考慮。保護と被害対策のバランスも大切である。しかし長い歴史の中で保護と被害の狭間に揺れ続け、被害を受け、餌付けと捕獲を経験しなければならなかった地元住民の心労は簡単に図れるものではない。この地の歴史はさまざまな問題をはらんで、策を講じながら現在もなお進行中である。

 
話を戻すが、「モミジ」の母親の「ツツジ」は推定1970年生まれ。64年から18年間続いた餌付け時代と82年の群れ捕獲を経験している。ツツジは捕獲を逃れて山に残ったのである。そしてツツジの死後、順位を後継したモミジたちが保護管理計画による新しい捕獲を経験することになった。さて捕獲期間中、モミジはどうしていたのか。リンゴが仕掛けられたオリをじっと見ていたが、尋常でない雰囲気を感じ取ったのか、近づくことはなかった。一部のメスは捕獲対象のオスにつられてオリに入ったものもいた。もちろん対象外のため放免になったが、一時的な餌付けとなる別のリスクも発生した。モミジの新しい相棒になった新参オスの「ハモ」もオリに近づこうとしなかった。雪の降る捕獲期間中に対象のサルが13頭捕獲され、作業は終了した。200mほどの距離が運命を分けた長い冬はとりあえず終わった。目的の人家侵入被害は防除された。捕獲作業が進行する中、樹皮をかじり続けていたモミジとこどもそして群れのサルたち。冬が終われば春はやって来るのだが、どんな春がくるのだろう。被害は防除されたとはいえ、まだ予断を許さない。
新しい時代のはじまりでもある。ツツジの時代からモミジに、昭和から平成に時代が変わり、人とサルとの間に少しくらい良いことが起きてくれればよいが・・。