北限に生きる〜モミジ物語〜
2「モミジの自立」

2才になったモミジをアカンボウのように抱くツツジ
    撮影:95年6月28日、脇野沢瀬野
 
 「モミジ」はすくすく育った。母親の「ツツジ」は誰もが一目おく存在で、群れの中では絶対的な力を持っていた。モミジはそのツツジの大事なこども。モミジが歩けば周りのサルが道を空け、行く手をさえぎるサルにはツツジが背後から睨みつけた。
モミジは小さい頃から敵なしであった。いつしかそんなモミジに姉たちも寄りつかなくなり、モミジは孤独だった。
 2才を迎えたモミジは小さなこどもに興味を持つようになった。この年齢になるとオスは集団遊びに夢中になるが、メスは子守りの練習をはじめる。大体身内のこどもを対象とするが、モミジが近づこうとするだけで母親がこどもを抱えて逃げてしまった。
興味を深めたモミジは次々とアカンボウを追いかけ、最後には悲鳴を上げられてその母親に追い返され、今度はツツジが逆襲するという悪循環が続いた。子守りの練習どころではなかった。モミジの孤独は孤立に変わった。 
 98年春、モミジがアカンボウを抱えていた。5才。早い出産である。本気で子育てを心配した。何しろサル社会の風に当たらないまま大きくなったモミジ。こどもがこどもを産んだ感すら受けた。ツツジは一変した。モミジがアカンボウを抱えて近づくと目を合わさない。おまけに逃げるように遠ざかって行く。モミジは片手でこども押さえながら、不自由な足取りで懸命に後を追う。ツツジはふり向きもせず、次女のアジサイの脇に座り込んで毛づくろいをはじめた。こういった場面はサル社会ではよくある話し。

アカンボウを抱いて居眠りをするモミジ
    撮影:98年5月25日、脇野沢寄浪
 
幼いこどもを抱えた母ザルは両手が塞がり、どうしても毛づくろいを受けることが多くなる。さらに出産後に母親に近づくのは、ストレスから甘えたいという心理があり、毛づくろいをして欲しいという気持が顔に表れる。それを察知した母親が打算を働かせ、さっさと逃げるのである。その穴埋めをするのが血縁集団。ふつうは手の空いた身内の誰かが毛づくろいをしてくれる。だが、モミジの場合は穴埋してくれるはずの姉たちも誰ひとりカバーしてくれなかった。いつもひとりで自分とアカンボウを毛づくろいしていた。健気な様子は寂しげに映った。ツツジの愛情豊かな子育てがここに来て、ツケとしてまとめてモミジに降りかかった。
 モミジが母親として迎えたはじめての冬。モミジの周囲には相変わらず一定の空間が残っていたものの、こどもは大きくなり、同年代のこどもたちと一緒に雪の上を走り回っていた。無邪気なものであった。時々様子を見るモミジの目には心なしか余裕さえ感じた。心配は杞憂に終わった。モミジとこどもは群れの中で新しい道を強く着実に歩みはじめていた。