「ヨノジ物語・ナナとの会話」

2006年元旦、我家の前にある愛宕山公園で「ヨノジ」に再会して早2年半が経過した。ヨノジは特別天然記念物のニホンカモシカ。本来、簡単に出会える代物ではないのだ
が、下北半島とりわけ私の住むむつ市脇野沢地区では簡単に目にすることが出来る。大袈裟に言えばイヌ、ネコに匹敵する。
 ヨノジの履歴だが、推定1990年生まれのメス。94年にはじめて愛宕山で観察し、その時のオスの相棒が「ハチノジ」はすでに99年に死亡。ヨノジは97年の観察を最後に音信不通になっていた。それが2年前の再会から、新しい相棒のオスカモシカ「六平」の登場、同年アカンボウを出産し、新しくヨノジ物語として時間を刻み始めた。ここまで某新聞の青森版に3回に渡って連載した。連載はトピックスのバックナンバーをご覧いただければ幸いです。

さて、その後だが、06年の誕生したカモシカには「ロク」と名付け翌年出産したメスカモシカ「ナナ」、そして今年誕生したカモシカには「ハッチ」と名前をつけ、現在もヨノジ家族は観察が続いている。ヨノジは今年18才になる。かれらの18年は私たち人間年齢の60才近い。野生動物の高齢の繁殖力には舌を巻くが、自然の中で淘汰され、ちょうどいい具合になるのであろう。こうやってヨノジを取り巻く観察をまとめてみると、地球温暖化や環境変化といったことが叫ばれる中、淡々とマイペースで生活を続けている様子がわかる。
 先日、夏の名残が漂う森の中で「ナナ」に出会った。7年前から続けている地元FM局の収録を兼ねて出かけ、そよそよ風が抜ける気持ちのいい場所で収録を終えた.ちょうどその時、1頭のカモシカがぬっと現れた。ナナだった。2才を迎え、ひょっとすると今秋つがい相手を見つけるかも知れないナナは、すっかりオトナの雰囲気を醸し出していた。ナナは録音中の私を遠目で見ていたのだろう。静かになったので近づいてきた様子で、私をしきりに観察した。興味津々である。一度遠ざかって、また近づき、鼻面を突き上げてこちらの匂いをしきりに嗅ぎ取ろうとした。距離は5m。私は一歩も動いてないので、ナナが一方的に仕掛けているのである。
そっとカメラに手をかけ、何枚かシャッターを押した。ナナはそんな私も無視。匂い嗅ぎに懸命だった。カモシカの視力は弱く、色盲で相手との距離も測れない。人間である私は視覚に頼り、嗅覚は鈍化している。視覚と嗅覚のコミュニケーションは成立しない。そのうちナナはあきらめたのか、きびすを返して元来た方に引き返し始めた。少し追尾したが、すぐに見失う。足音さえ聴こえなくなり、気配が完全に消えた。森の中に静寂が戻った。