牛ノ首物6「ブラックの旅立ち」
採食する生後半年のブラック

 気がつくと「ブラック」の姿は牛ノ首から消えていた。最後の観察は2005年12月。
03年春生まれのブラックは2年6ヶ月牛ノ首で過ごして、新たに生活の場を求めたのだった。
 二ホンカモシカの生態は不明瞭な部分が多い。ナワバリはどこにどうやってつくるのか、そのきっかけや足場は何か。親子の関係はいつまで続くのか、また若いカモシカが生まれた場所を去り、そのあとはどうなっているのか。短期間で死亡するものか,ナワバリをつくってたくましく生き抜くものか。疑問を書き出すと枚挙にいとまがない。
 ブラックの場合、牛ノ首にはすでに「ミドリ」というオスがナワバリを持っていた。カモシカは同性のナワバリは共有出来ない。したがって、ブラックは先住のミドリとナワバリ争いをして勝ち抜いて居残るか、自ら出て行くかの二社選択しかなかった。結局、ブラックとミドリのナワバリ争いを一度も観察する事なく、ブラックが牛ノ首をあとにしたようだ。先住のミドリが強かったのか、見えないところで小競り合いがあったのか、疑問を残したまま姿を消した。
すっかりおとなになったブラック

 ブラックはおとなしかった。大きくなっても母親のクロと一緒に行動していることが多く、単独の観察はほとんどない。例えば、クロと出会ってしばらくつきあっていると、そのうち必ずブラックが現れる。母親とつかず離れずの行動をしていたのだろう。母親のクロは05年2月の観察を最後に死亡した。以降、ブラックに出会う回数はめっきり減り、1年後の観察を最後に牛ノ首から姿を消した。クロの死亡とブラックの他地域へ移動はともに物的証拠はないが、長年の観察から間違いなく、カモシカの記録は大半がこのようなかたちで決定される。
 近年であれば、カモシカに発信器をつけておけば、精度の高い追跡が出来るのではと思われる向きもあるが、そこまでする必要性が見当たらない。確かに移動先を知りたい、細かい調査をしたいと思う気持ちは強いが、やるならば自分の足を使って自分の目で探し、その上で追跡したいものである。クマやサルの群れは発信器を利用しながら被害対策や行動モニタリングを継続しているが、これは社会的な必要性の問題。
またある程度、神秘性を残しておきたい気持ちもある。匂いの世界で生きるカモシカと視覚に頼る私たちの感覚の違いもある。矛盾する話になるが、踏み込めない領域があってようやく自然が近づいてくるのかも知れない。