牛ノ首物語6「母親似のコフク」

コフクに授乳するフクジュソウ、後ろはダイフク:撮影/牛ノ首

 「どこかで見たことがあるな?」。2003年秋、群れ周辺に現れたハナレザルを撮影しながら、ふと思った。記憶を辿ると「フクジュソウ」と名付けたメスザルの顔が浮かんだ。目元と視線はそっくり。この日は牛ノ首で懐かしい想いにかられた。 フクジョソウは1991年春にオスザルを出産した。北限のサルは長い冬を乗り切る為に基本的には肥満タイプ。なかでもフクジュソウは丸形でポッチャリしていた。性格がとくに穏やかで、威嚇することはほとんどなく、喧嘩を売られるようなことがあればさっさとこどもを抱えてその場から退散した。すぐ喧嘩する若いサルと違って、群れの中では緩衝剤的な重要な役割も持っていた。もうひとつ、サルが敵対する時に目を合わせるいわゆる「眼付け」はまったくせず、すぐに視線を逸らす。その目線が流し目に見え、それがまた色っぽかった。色気のあるサルだった。そんなこともあって、癒し系で福をもたらすフクジュソウと呼ばれていた。そんなこともあって91年のこどもは「コフク」。前年生まれの兄は「ダイフク」。まさに名前だけで福を授けてくれた。コフクは生後5カ年観察していたが、96年の観察を最後に群れから姿を消した。オスは生まれた群れを離れるニホンザルの定説通りであった。

流し目風な視線を送るコフク:撮影/脇野沢瀬野

 はじめは「まさか」と思った。他人いや他猿の空似だろうと考えていた。オスザルが生まれた群れに戻る事例は聞いたことがない。母子の劇的な再会劇でも演じてくれれば助かったのだが、フクジュソウも何の反応を示さないまま04年の夏に死亡した。コフクもどきは翌年の12月になっても観察が続いた。クローズアップを撮影し、フクジュソウの写真とさまざまな角度から比較した。一番のポイントは目。はじめ気になったのも視線だった。コフクだと結論した。サル社会ではこどもは大方が母親の顔を受け継ぐ。とくにメスは加齢してくると母親そっくりの顔つきになる。仕草まで似る。こどもは母親の遺伝子を受け継ぐ新しい乗り物だという説さえある。オスも適用外ではないだろうと思う。DNA検証など科学的な裏付けを取ったわけではないが、写真歴40年で培った経験で確信を持った。07年5月、牛ノ首の木陰でコフクがウトウトしていた。接近すると軽く威嚇してきた。眠気を邪魔したのかも知れない。再会して3年余。群れオスとして少し風格が出たようだが、威嚇としては軽い。昔が懐かしく思い出された。当時はフクジュソウも同じ目つきをしていた。流し目フクジュソウはコフクの中にのの生きている。コフクは今春で16才。オスザルとして中年の域に達したが、ニホンザル社会の厳しい競合のなかで優しさが仇にならなければいいのだが。母親並みに本気で心配している。