牛ノ首物語6・2「ミドリ」

母親のムラサキと生後半年のミドリ

牛ノ首物語もはやいもので6回目を迎える。とりわけニホンカモシカの「ミドリ」は生まれた年から登場しており、この物語の主的な存在にもなっている。母親の「ムラサキ」は、私が旧脇野沢村に移住した87年から観察をはじめ、00年にミドリを出産してその年に死亡した。つまりミドリは単独で冬を越したことになり、印象に残る登場だった。その後ミドリは牛ノ首で成長し、現在も淡々と暮らし続けている。牛ノ首はミドリにとって育ての母でもある。
2004年にあるテレビ局の企画があった。青森と東京の中学生たちを交流させ、下北の自然の中でふれあいの旅をさせようというもの。そのなかでニホンカモシカとも出会えないかという相談があった。北限のサルたちは集団性ということもあってある程度の集団の圧力には耐えられるが、単独で暮らす物静かなカモシカと賑やかな中学生30名との遭遇をイメージし、「このシーンは無理でしょう」と答えざるを得なかった。もちろんテレビ局も心得たものだが、自然ですから成り行きでいいですよといいながら、密かに期待を持っているのはよくわかった。自然相手はぶっつけ本番に賭けるしかなかった。
 

林内で休息する5才になった夏毛のミドリ

当日は雪が降って気温もマイナス。お膳立ては最高だった。中学生相手のタレントは三名。なかでもグルメキャラクターのU君はうってつけのキャスティングで、当日まで中学生達には参加を伏せておくという念の入った指向。仕掛けを聞いた私はうっかり喋ってしまわないか、取材中も気が気でなかった。予定通りドラマッチックな登場のU君は、カモシカとの遭遇があるとのシナリオのためか、重そうな体で一生懸命に山頂まで先陣を切る。この日は積雪50センチ。カモシカも行動しない深い雪。歩いても歩いても足跡すら見つからず、疲労も手伝い、とうとうU君は半分本気で文句を垂れはじめた。テレビ的にはそこが狙いだったのだろうが、いないものはどうしようもなく、仕方なく渋々下山をはじめた。U君は疲労で最後尾をとぼとぼ歩く。
 「カモシカだ」。中程まで降りた時、先頭を切っていた中学生から声が飛んだ。瞬間、U君は雪煙をあげて走った。その様はカモシカも顔負け。とてもパワーフルな走りだった。雪まみれになったU君と中学生たちの先には「ミドリ」が静かに佇んでいた。
距離は30m。雪の降る中の奇跡とも言える出会いは衝撃だったのか、全員無言。あまりにも感動が大きいと言葉も出ないもので、まさにテレビドラマのようなストーリだった。ミドリは、30名の中学生+タレント3名+テレビスタッフ10名の大団体とたったひとりで向き合った。まさに静と動。いま思い出しても本当に不思議な出来事だった。ミドリはよくメスに間違えられる。もう少し考えて名前をつけてやれば良かったと思っているが、私にとっては困った時のミドリ君であり、我が家の旅人にも一番馴染みの深いミドリでもある。感謝の言葉もない。