「ヨノジ物語・下〜新しい家族〜」


愛宕山で過ごすヨノジと六平(撮影:2006年3月1日))

06年3月1日、むつ市脇野沢の我が家の窓から、愛宕山に立つ「ヨノジ」と「六平」の姿が見えた。かれらは北風の時は海側の南斜面、ヤマセの東風は集落側の北斜面に移動する。愛宕山の地形をうまく使い分けて冬を過ごし、雪解けと共に奥深い山に戻った。
 ヨノジに出産の可能性があったが、奥山での観察はままならない。ところが春前、かれらの生活域でもある一部のスギ林が伐採され、見通しのいい場所が出来た。伐採跡地には下草が成育するのでカモシカにとってしばらく好適な餌場になり、出産の確認と親子の観察が出来るだろうと考えた。
 5月22日、新顔だった六平を冬に追尾したルートをたどった。大汗をかいたスギ林を抜け、伐採地を見下ろす尾根に出た時、下流を横断する2頭のカモシカを見つけた。親子だった。距離は200メートル。さらに遠ざかる後ろ姿では、親の顔が分からない。「オーイ」。私は大声で叫んだ。丸い右耳、鼻を突き出すクセ、振り返った顔はヨノジだった。その間、数秒。ヨノジ親子は再び歩き出してすぐ森に姿を消したが、出産の確認ができた記念すべき日だった。
 7月10日、伐採地で下草を採食する六平に出会った。しかし周辺にヨノジ親子の姿はなく、オスとメスが一緒に行動する冬の生活に終わりを告げていた。

伐採地のヨノジと子ども(撮影:2006年7月24日)
 
 7月24日、ようやくヨノジと再会した。2ヶ月ぶりになる。しかしこどもの姿はない。カモシカのこどもの生存率は低く、5月の出会いが始めで最後だったのかも知れない。こう考えていたら、変な音が耳に届きはじめた。「ビューン」、「ビューン」。一定の間隔で、何かの弦を弾くような響きわたる音色。ちょうどモンゴル地方に伝わる発生方法のホーミーに似ていた。
音の主はヨノジ。音に合わせて横腹が動くので、ヨノジが発生していたことがわかった。19年間のカモシカ観察ではじめて聞くカモシカの「声」だった。ふと、動く物が視野には入った。こどものカモシカだ。ヨノジの声に呼応するように何度も方向を確かめ、足場の悪い伐採地を一気に走り抜けてきた。そしてヨノジに
寄り添った。声は止んだ。危険信号だったのだ。伐採跡地はかれらの餌場としては魅力的だが、視界が広い分だけ危険が伴う。声はそれらを回避する手段なのだろう。それにしても見事なヨノジのカモシカホーミーだった。今年の元日に9年ぶりに再会したヨノジ、つがい関係の六平、そして新しい家族。わずか7ヶ月の観察だったものの、かれらの生活を垣間見ることが出来た。標高41メートルの愛宕山は公園として人間社会の領域だが、かれらにとっては冬越しの貴重な生活
域になっている。かつてヨノジとつがいだったハチノジから、今年のヨノジ親子まで19年。8頭のカモシカと出会い、別れ、そして誕生があった。
終わり