「ヨノジ物語・中 〜六平登場〜」


海岸斜面で暮らすヨノジと六平(右)

06年1月20日、ユースホステルを兼ねる我が家の玄関に先に二ホンカモシカの足跡があった。それは、雪だるまのようになったイチイの周りを何度も足踏みしており、積雪期の採食の苦労が伺えた。この日の積雪は70センチ。私は長靴をはき、本格的な装備をして追跡を試みた。間もなく、3軒隣の玄関先のイチイの脇に1頭のカモシカが立っているのを見つけた。初めて見るカモシカだった。とりあえず、顔を覚え込むための個体識別用としてクローズアップを撮った。あとはオスかメスかの見極めが必要になる。
 カモシカは固有のナワバリを持つものの、同性がナワバリを共有することはない。オスであることを確かめようと、新顔を追尾しながら性別を確かめるべく股間を双眼鏡でのぞく。が、思うように見えない。新顔はだんだん急ぎ足になり、中学校前の道路を横切って一気にスギ林に走り込んだ。その瞬間、オスであることを確認できた。1月23日、我が家から200メートルほど離れた愛宕山で、新顔がヨノジと並んでいた。おまけに新顔はヨノジをかばうような行動をとり、なじみの深さを見せつけてくる。以後、2頭一緒の行動が何度も観察でき、ヨノジと新顔がつがいであることは疑う余地がなくなった。新顔には06年の出会いから「六平」と名をつけた。

自転車とすれ違うヨノジ・むつ市
 
2月24日、ちょっとしたハプニングがあった。いつものように2頭は連れだって愛宕山をでた。六平が先陣を切って道路を横断、そのままスギ林に飛び込んだ。身軽なものである。しかし、後に残ったヨノジは道路脇に除雪された雪壁が登れず、仕方なく道路を歩き始めた。除雪された路面は蹄が滑り、ずいぶん歩きづらそうであった。そこに自転車に乗った女性が通りかかった。下り坂の自転車は勢いもあり、それを見たヨノジは焦りながら何度も雪壁に挑戦。しかし、思うように登れず、自転車とすれ違う羽目に陥った。ヨノジはうろたえている。一部始終を見ている私はハラハラ。ところが、女性は軽くハンドルを切って簡単にヨノジをかわし、何事もなかったように走り去った。ヨノジはようやく雪を乗り越え、空き地を横切ってスギ林に姿を消した。一見、なんてことのないような出来事だ。だが、これが都市部だったらどうだろうか。カモシカを見て大騒ぎするに違いない。その点、脇野沢の人たちは、ときおり街を越境するかれらを静かに、優しく見守っている。自転車で普通にすれ違った様子は、この地域の人たちの野生動物に対する心情が見事に浮き出ていた。

続く