牛ノ首物語・・・
「たくましくなったブラック」

岩の上に立つグレー親子
前脚をたたんで座りこむブラック

 2003年春生まれの「ブラック」は今春で3才になる。二ホンカモシカの世界ではもうおとなである。一般的にこどもは3〜5年、母親のナワバリのなかで生活し、いつの間にか姿を消す。別の場所に移動して自分のナワバリを持つのだが、移動先など詳しいところは分からない。
 ブラックはオス、牛ノ首には「ミドリ」というオスのいわゆる先輩がいる。あまり広くない地域なので、同性のナワバリの重なりが成立しない両者は、いつか競合相手になる可能性が高い。「共に仲良く暮らす」というのは私たちの世界のルールだが、自然界では話し合いの余地がなく、追うか追われるかである。しかしまた反面、厳しい競合が淘汰にもなってバランスがとれる。
 2005年冬に母親の「クロ」が死亡し、以来ブラックは単独で生活している。つまり2才からひとりになった。それまで金魚の糞のように母親のクロにくっついて歩いていたが、死後は、目の下にある眼下腺を擦りつけ、匂いを残すナワバリ行動をとる回数が多くなった。見た目はもう自立したオトナのカモシカだった。しかし、たくましさが増したことはミドリとの競合が近くなったこととも言え、複雑な想いで成長を見守った。

カシワ林で反すうするミドリ:撮影2006年1月2日

 2005年12月、新しい足跡が残っていたのでトレースをした。場所と蹄の大きさから「ミドリ」だと予想。足跡はだんだん新しくなり、沢を横切るあたりで近くにいる予感がした。ミドリはすでに沢の反対斜面に座り込み、じっとこちらを見ていた。足場の悪さもあって時間がかかったが、うまく接近した。しかしファインダーに入った時、おもむろに立ち上がった。「あれ、おかしいな?」と思った。いつもはこの状況では大丈夫で、自信もあったのだが・・。が、こうなった時はすでに手遅れ。そのまま立ち去ってしまう。しかし動かない。立ったまま、周りの雰囲気を探るようにじっと気を配っている。そのうち、足元の匂いを嗅ぎはじめた。これはカモシカが座る前に足元の匂いを確認する行動。まず前脚を折り曲げ、反動をつけて後ろ脚を折りたたんで一気に座る。横から見ていると電車のパンタグラフのようで、カモシカの脚の関節はじつにうまく出来ていると感心した。
 自宅に戻ってパソコンにデータを取り込んでいたら、思わず声が出た。「ミドリじゃない!」。角を拡大して確認をしたらブラックだった。体格も雰囲気もミドリそっくり。違うのは角。とくに角輪と呼ぶ輪は年齢推定にもなり、角の開き角度と合わせて個体識別の決定打になる。ディジタル写真でなければミドリとして記録した。それにしてもブラックはたくましくなった。牛ノ首のオスのナワバリ争いは熾烈になるかも知れない。