牛ノ首物語
「コクガンと北限のサル」

岩の上に立つグレー親子
牛ノ首の岩場で採食するコクガン

 2006年2月21日、群れが牛ノ首にやってきた。この日の積雪は平地で50センチほどだったが、日当たりのいい場所では雪が融け、地面が露出していた。サルたちはいい餌場を目指して先を争って座り込む。みんな待ちに待った瞬間であろう。
 しかし地面が顔を出している場所はごく僅か。当然、いい場所に入れないサルも出てきて、けんか腰にも本気になる。はじかれたサル達は、しばらく近くに座って仲間が食べる様子を眺めていたが、そのうちあきらめて散会しはじめた。樹の上に登って冬芽をかじるもの、少し離れた別の斜面を登るもの、そして海岸に向かうサルもいた。
 1頭の若いサルが浜辺に座り込んで、打ち上げられた海藻を引っ張り出している。両手で掴んで体を反らしてひっぱる。潮の香りがプーンと漂う。牛ノ首の沖合は潮流が激しく、この浜にはいろんな物が打ち上げられる。波の力で石は丸く研磨されている。黒い石の中に米粒のような白い小石が残る「子持ち石」と呼ばれる石もこのあたりで多く見つかる。サルはそんな石は無視して、餌になる海藻や漂着物を探し求める。若いサルようやく食にありついた。
 少し離れた水面に水鳥が浮いていた。数は6羽。双眼鏡を当てると首に白い輪がくっきり見える。コクガンだ。座り込む若いサルとの距離は50m位離れている。コクガンは1971年に国の天然記念物に指定され、1970年に指定された北限のサルとはいわば文化財の同級生。天然記念物のコクガンと北限のサル、背景には鯛島。まさに絵に描いたような風景。一期一会。私の頭の中ではすでに写真が完成していた。

海岸で海藻を拾ってたべる若いサル

 ところが、若いサルは座り込んだきりひたすら海藻。六羽のコクガンも同じ所でさかんに水中に首を突っ込んでいる。こっちもいい餌場なのだろうが、写真が完成に近づかない。落日が迫りこちらは気が気でない。しかし考えてみればお互いに関心がない。関心がある必要もないし、関心があるのは私ひとり。
 10分がとても長く感じられた。もう1頭別のサルが海岸に出て来た。チャンスが倍になる。思わずカメラを持つ手に力が入る。コクガンは相変わらず同じところでプカプカ浮いている。しかし、2頭目のサルは、海藻を食べる若いサルとコクガンを無視して淡々と浜を歩き、岬の先端に姿を消した。海藻を食べ終わった若いサルはその方向をじっと見つめていたが、腰を上げて同じ方向に歩きはじめた。そして岬に姿を消した。空が赤く染まりはじめた。コクガンはゆっくり岸を離れ、沖に移動をはじめた。そして一羽が羽ばたいて水面を蹴ったのを機に、全員が夕陽に向かって飛び去った。
 私の写真は結局完成せず、コクガンたちは北へ、サルたちは牛ノ首のねぐらに向かった。タイトルまで決めていた写真は来年までお預けになった。