牛ノ首物語・・・
「グレー・家族」

岩の上に立つグレー親子
岩の上に立つグレー親子

 2005年9月30日、昨日と同じルートで牛ノ首観察にでかけた。まだ下草が生い茂って見通しが悪く、慎重に足を運んだ。ましてや昨日のきょうである。狂乱の「グレー」の姿がまだ目に浮かび、慎重にも慎重を期した。
 ススキの間に何やら異物が見えた。異物というのは植物ではないという意味で、はっきりした形があるわけではない。カモシカの体毛は茶褐色なのでこの時期は、よほど派手に動くか、足音でも出してくれないと見つけられない。
 たぶんカモシカのお尻だろうと思って、息を凝らしてじっと待った。「カサッ」。体重の割には軽い音がした。せいぜいコザルの足音程度。ゆっくり動き、姿が出てきた。グレーだった。こちらに気づいているはずだが、下草を食べるのに夢中。「昨日の続きはどうした?」。あえて声を出して気づかせた。グレーはチラッと顔を向けたがすぐ目を落とす。こっちの存在をすでに知っていたのである。何とも気が抜けた。
 グレーの背後で別の音がした。はじめに聞いたのはこの音だった。持ち主が現れた。「やっぱり」。鼻筋の黒い、いかにもグレーのこどもらしい小さなカモシカがヒョコヒョコ出てきた。耳が大きく見え、動かなければぬいぐるみ。こどもは興味深げにこちらを見ている。反対にグレーは少し緊張したように見える。昨日のことを思い出しののだろうか?憶測してこちらも少し緊張する。


振り返るグレーのこども

 グレーが早足になった。こどもは残されたがお構いなしに遠ざかる。姿が消えてはじめてこどもは動き出し、あわてて駆けていった。こちらは、気が焦り、すぐに追跡したくなるが、慌てるといい結果を生まない。カモシカは相手の動きに対応して次の行動を決める受動的なタイプなので、絶対に急な動作は禁物。動き出す前にじゅうぶんな時間をかけないと、単純に追い回すだけになる。そうなるとカモシカは余裕をなくして、一気に逃げる態勢になる。
 親子は杉林を通り抜け、薮に入った。積雪のない時期は足跡のトレースが出来ないので少しでも姿を見続けていたい。慌てないように急いだがとうとう見失った。残念だったが、きょうは昨日の続きの観察として、05年出産の確認が出来たことで十分だった。撮影はまたいつでも出来る・・、自分を慰めながら下山をはじめたら、ふと頭上に「何か」を感じた。グレー親子が岩の上から見下ろしていた。今までずっと観察されていたわけだ。過去に似たようなことを何度も経験しているが、私の第六感はなかなか発達しない。森の中ではかれらの能力に人間の力は及ばない。
 グレー親子は11月5日まで観察出来たがその後、こどもの姿が消えた。残念ながらグレーは今年もまた、新雪をこどもと一緒に歩くことが出来なかった。名前をつける暇もなく、グレーだけが長い冬を迎えることになった。