牛ノ首物語

・・・「クロとの別れ」

木の陰から顔を出すクロ:撮影2003年11月23日
2005年2月2日を最後に「クロ」の姿が観察出来なくなった。おりしも積雪が多い年だったが、クロの足跡も確認できず、死亡という記録になった。
 メスの二ホンカモシカにクロという名前を考えた時、正直抵抗があった。特別天然記念物である、それもメス。もっと洒落た名前もあるだろうと何度も思ったが、牛ノ首地域に生息するカモシカには「色」の統一性を持たせると決心していた。
 クロとの出会いは1994年の夏の終わり。それまでメスカモシカの「ムラサキ」を観察し続け、いきなり新人が登場した。いや新カモシカだ。当然、メス同士のカモシカなので、激しいナワバリ争いを演じると思っていたら、何とムラサキが簡単に場所を明け渡した。生活場所を南西側に移し、半分クロに譲る格好になってすぐ決着がついた。ムラサキはクロに何度も追われ、その都度生活場所が小さくなっていった。「ずいぶん気の強い、気性の荒いメスだな・・」と私は当時、ムラサキの全面的な味方になっていた。クロという命名にはそんな性格的なところも反映していたかもしれない。ムラサキは2001年に死亡し、牛ノ首のメスはクロだけになった。
 クロは観察出来ただけで4頭の出産があった。牛ノ首にすみ始めた当初はまったく出産せず、ひょっとしてメスの機能が駄目なのかとも考えていた。当時牛ノ首には「ゲンジ」というオスがおり、ムラサキと同様にクロとも接触があり、ムラサキに出産が観察されていたのでクロ自身に問題ありだと考えていた。
こどものブラックと一緒に歩くクロ(右):撮影2005年2月2日
しかし、ムラサキが死亡し、同時期にオスのゲンジが姿を消し、一時新しいオスが入りこんでから以降、4カ年続けて出産した。つまりメスの機能に問題があったわけでなく、ゲンジとつがい関係が成立していなかったのだろう。相性の問題でもあったかも知れないが、クロは牛ノ首に子孫を残した。
 はじめのこどもは2001年のメスの「グレー」、ムラサキの後釜に座るように牛ノ首にナワバリを構えた。その後、オスのこどもを3年続けて出産したが、2頭のこどもが死亡、現在2003年に誕生した「ブラック」だけが牛ノ首に残っている。
 クロは数年前から左目が白内障のように白く汚濁していた。視力もほとんどなかったのではと考えている。もともとカモシカは視覚がいい方ではないので、片方が視力なしではますます警戒心が強くなる。とても気の強いクロだと思っていたが、今となっては気の毒な思いこみをしていた気もする。
 ムラサキがミドリを残し、クロはグレーとブラックを残した。これで牛ノ首は世代交代したことになるが、今のかれらの生活ぶりをみると親とまったく同じことをしている。親たちはしっかり子育てをしていたのだろう。
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