牛ノ首物語?
3「カキランとスズラン」
群れの最後にラッセル道をひとりで歩くカキラン:撮影2005年2月26日
 「カキラン」というサルの名前の候補があがった時、よく分からなかった。植物図鑑で調べてはじめて「柿色をしたラン」であることを知った。「スズラン」はユリ科で鈴蘭というつぼみの形から、カキランはラン科で柿蘭という花の色から名がついたことも知った。
 少々前解説がくどくなったが、両方ともメスザルの名前である。誕生はともに1991年。当時某テレビ局が取材の為にサルを個体識別して名前をつけようというもの。とくにここ脇野沢地域の群れには昔から名前がついているサルが多い。さまざまな研究者が関与しているうち、統一性を持たす暗黙の了解がつくられ、メスには植物、オスには海の生物の名前が当てられていた。が、だんだん馴染みの植物名が少なくなり、とうとう植物図鑑を使う羽目になった。
 ニホンザル社会はメスの序列が絶対である。生まれた瞬間から群れにおける位置づけが決まる完全な世襲制。どんな努力をしても地位の向上はなく封建的である。しかし上下関係があったほうがニホンザル社会は安定する。全員平等の実力主義になればサル社会は崩壊し、群れは霧散する。生活のスタイルは彼らにとって生き死にが関わり、結局、上下関係が絶対的な群れを選択している。
カキラン(左)とカキシブ:撮影2006年2月22日
 さて「カキラン」と「スズラン」だが、序列は天地の違いがある。スズランは群れのナンバー1メスの孫、カキランの母親は最下位。「カキ」と名付けた母親は、いつも群れの端にいて、強い家系のサルがくるとすぐ場所を空ける。つねにいざこざが起きないように配慮している。なぜなら、喧嘩になるとどんな場合でもオスザルが相手側に加担して、自分が追われる立場になってしまう。オスザルはいつも序列が強いサルの味方をする。これには大きな理由があって、オスザルは他地域からやってきて群れに加入するので、強いメスザルに支持されることで自分の足場が強まる。つまり弱いサルに味方すると自分が不利になる。このあたりの計算はオスには必要不可欠で、正義の味方の大岡越前はサル社会では通用しないのである。つまりカキにとっては争いをする以前の問題。カキランは群れのなかの生活方法をしっかり学んだ。
 さらにカキランの母親カキは92年に死亡。カキランは当時4才だった姉にあたる「マメガキ」と暮らし続けた。カキランはまだ1才。幼い姉に身を寄せるカキランの姿は「健気(けなげ)」としか言いようがなかった。強いばあさんザルを後ろ盾に悠々と暮らすスズランとは対称的だった。
 名前が似通った91年生まれの両者はともに今春で15才。人間では40才を過ぎる。現在は双方こどもや孫がいる中堅クラスだが、群れのなかの居場所は相変わらず。幼い頃に一緒に遊ぶ姿を何度か見たが、申年を2度経験した両者は、今やそれぞれの家族の核になっている。
 観察中何度か、「どっちが幸せなのかな?」と思ったこともあるが、あまり意味がないようだ。かれらの名前を図鑑で調べた頃が妙に懐かしい時がある。
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