牛ノ首物語・・10
「牛ノ首の時間」
雪化粧した牛ノ首から鯛島を望む
・撮影年月日:05年3月25日、牛ノ首地域
2005年3月25日、季節外れの雪が降り、牛ノ首は白い風景に変わった。「クウィッ」、背後で声がした。1頭のサルが歩いている。「サク」、「サク」、春先の柔らかい雪はかすかな足音。目覚めたサルたちが樹から下り、餌場に移動をはじめたのだ。誰が合図を送るわけでもないのに、みんな同じ方向を目指している。「コリ」、「バシャ」、「ペキッ」。木の皮をかじる音、ササをむしる音、小枝を折る音が静かな森の中に流れる。ゆったりした時間のなか、1日がはじまった。
 雪解けを迎える頃、旅人からの予約が届き始める。その中にひとりの中年紳士がいる。お付き合いはかれこれ10年になるが毎年2回、春と秋にやってくる。冬に来ないのは「寒い」の一言。
 かれの旅は規則正しい。出かける場所は牛ノ首。それも毎日決まった時間にでかけて決まった時間に帰ってくる。これを3日間続ける。まるでサラリーマン。だが残業はしない。かれの弁を借りると、二ホンカモシカは同じ時間に同じ場所を通る、のだそうである。つまりカモシカの生活に合わせているわけだ。私も一応写真を生業として観察も続けている。一度だけ異論を唱えた。「カモシカは、ずぼらで、あまり規則正しい生活をしないと思いますが・・」。そうしたら、「うんにゃ、そうでない」。「牛ノ首のカモシカは違う」ときっぱり。思わず納得させられた。今でもかれは決まった時間に出かける。そしていつもの時間に帰って、「グレーか?」、「これはクロじゃろ」、「きょうはサルとカモシカが同居した」と撮ったばかりの写真を私に見せてくれる。かれは牛ノ首の時間をよく知っている人物のひとりだ。
雪の中、樹皮をかじるメスザル
・撮影年月日:05年3月25日、牛ノ首地域
私が牛ノ首の観察を続けて18年になる。この間、私たち周りの時間は目まぐるしく加速し、変化した。最近は森の中の時間が止まっているようにさえ思う。パソコン通信などの高速化も時間変化に拍車をかける。首都圏や中央部で高速になればなるほど、そのしわ寄せが他の地域に出て、時間が遅くなった錯覚を産み出す。ひとつの器の中で限られた時間の奪い合いをしているようにも映る。
 森の中の時間は変わっていない。森林浴や自然散策が私たちを気持ちよくさせるのは、森の中に漂っているアナログの時間。私たちが持っている体内時計と合致し、身体をリラックスさせ、ストレスも解消させる。牛ノ首の恩恵はこれに尽きる。私たちも、動物たちも、また樹木も植物も同等であろう。
 野生動物との共存は生易しい言葉では見つからない。現在主流になりつつある「棲み分け」共存はある程度の意味はあるだろう。生活域を線引きすれば、有害と無害が区切れ、被害も減少するだろう。しかし水辺のような水面と地面が共存するところには多様な生物が生息し、両者を仕切るコンクリート護岸では、洪水は防げてもこの微妙な生活圏は残らない。じつはこの水辺にあたるところが、私たちと野生動物、あるいは私たちと自然が融合して心地良くなる場所なのだろうと私は考えている。
 牛ノ首は本当に小さな場所、ささやかな観察地域かも知れないが、この先につながる下北の山々、さらにその先にある大きな自然への玄関になれば幸いだと願っている。

終わり

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