牛ノ首物語「・5
「スグリとフクジュソウ」
左目の白内障が目立つありし日のスグリ
・  撮影年月日:04年7月17日、瀬野地域
 2004年はさまざまな変化があった。なかでも「スグリ」と「フクジュソウ」との別れは大きい。私が脇野沢に移住した年からのつき合いで、あしかけ18年になる。スグリは30才、フクジュソウも27才でともに老齢のサル。人間年齢にすると90才前後、両者とも25才と言われる寿命を越えている。
 8月30日、スグリが脇野沢中学校に現れた。教育委員会からの連絡でかけつけると、裏庭にひとりでぽつんと座っていた。窓から心配そうに職員達が覗き込んでいる。背中に大きな裂傷がある。傷は古く、かなり大きい。本人は歩ける状態なので見た目には深刻さはない。しかし傷口に無数のウジ虫が入りこみ、腐肉の匂いも漂い、手遅れの感を受けた。周りに群れのサルの姿もなく、完全に群れから離脱した様子。死が近いことを予感させた。老いで背骨が曲がったスグリはいっそう小さく見えた。翌日スグリは長い生涯を閉じた。
 スグリの死後、いつも一緒にいたフクジュソウのことが気にかかり、観察の度に姿を探したが、確認出来ないまま冬を越えた。最後にフクジュソウの姿を確認したのはスグリが死亡する前の6月3日。フクジュソウの死亡時期を推定した時、「友引」という言葉が頭を過ぎった。どちらが先だったのかは分からないが、一緒に旅立ったのだろうと結論した。
 スグリは畑の周りによく植えられ、熟した実は極上の味。フクジュソウは春の到来を告げる花。牛ノ首は、脇野沢で一番早く福寿草が咲き、公園が整備されるまでは畑が点在し、スグリとフクジュソウは牛ノ首には馴染みの植物だった。また2頭は群れの最後尾に位置し、並んで歩く丸みを帯びた姿は、観察や撮影で疲れた身体を誰よりも癒してくれた。
最後の写真となった夏毛のフクジュソウ
・  撮影年月日:04年6月5日、本村地域
 スグリとフクジュソウは脇野沢における人とサルの歴史の生き証人と言える。この2頭は餌付け時代を経験している。スグリは8年、フクジュソウが5年の計算になる。人間風にいうと「物心」つくまで餌付けで育てられ、82年の餌付け停止に直面した。また同年の「捕獲」をくぐり抜け、畑周辺からの「追い払い」、電気柵設置による「猿害防止」という「人とサルとの共生」の変遷を、身を持ってみてきた。そして今冬実施された保護管理による捕獲を見ないまま他界したのは、何とも意味深い。
 脇野沢の北限のサルを語る場合、どうしても餌付けから40年・・という書き出しになる。かつて猿害は餌付けが原因などと報じられた時代もあった。しかし最近の佐井村など北西部の状況をみると、餌付けの有無に関わらず猿害が発生し、直接の因果関係を特定するのは難しい。猿害はさまざまな因子が絡み、奥山・里山の森林変化、暖冬・小雪による生活環境変化、個体数の増加も無視できず、地域の地形的特徴も加味して総合的に捉える必要がある。
 スグリとフクジュソウの死で餌付け経験のサルは姿を消し、ひとつの時代の終焉を感じる。時間とともにサルの世界も変化するが、変えなければならないもの、変えてはいけないものをしっかり見定め、新しい時代に立ち向かいたいものだと思う。
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