牛ノ首物語「・2
「カナガシラ・還暦の頭(かしら)」
右の口元が下がったカナガシラ
撮影年月日:97年10月17日、瀬野地域
 1996年秋、いつのものように観察していると群れの中がざわめいた。交尾期には群れに属さないハナレザルが現れ、メスと交尾しようと頻繁に群れの中に侵入する。その時メスたちは、まず悲鳴を上げ、そして群れのオスたちに「危険」を告げる。当然群れのオスは新顔のハナレザルを群れの中からの追い出しを図る。交尾期はよく小競り合いがあり、喧噪な雰囲気は当たり前。
 が、いっこうに納まらない。あちこちで悲鳴があがるが、不思議なことにボスザルの「シャチ」が反応しない。「おかしいな」、私は双眼鏡を覗き直した。悲鳴を上げたメスの視線の先には見たこともないサルが座っている。それも悠然と。ますますおかしい。メスの悲鳴とシャチの無反応が理解できない。距離をつめてもう一度顔を見直した。
 よく見るとカナガシラだった。しかしどこかおかしい。右側の口の周りが大きく腫れ、面相が違って見える。虫歯を放置して顔が腫れた感じだ。サルたちは互いの顔で判別して「仲間」と認識する。これではメスたちが逃げまどって当たり前だと思ったが、シャチだけが悠然としていたのは不思議だった。オス同志は顔以外でも識別出来るのかと大いなる興味をもったが、カナガシラの腫れは3ヶ月ほどで治まってしまい、分からずじまいで終わった。もちろんカナガシラに対するメスたちの信頼関係は元通り。ただカナガシラはその時以来、右側の口元が下がって閉まりも悪くなったようで、識別し易くなったのは何とも皮肉なことである。この頃、継続取材しているテレビ局スタッフから、なかなかボスザルになれないカナガシラを「頭(かしら)になれないカシラ」と冗談半分に呼ばれ、命名者の私は何とも辛い思いをしていた。
メスの親子に寄り添うカナガシラ
撮影年月日:04年4月15日、新井田地域
 03年になると、群れの頭数が増え、別れて行動する分派が目立ってきた。数が増えると、広い森の中でも「いい餌場」を巡って小競り合いが起きる。またサル同志の距離が近いので、コドモのじゃれ合いからでも親の喧嘩に発展する。この小競り合いが餌場の拡大をもたらし、一時的に群れが別れる行動をとる。つまり「いい餌場」の奪い合いが群れの分裂のきっかけになる。
 5月下旬、群れは中堅と老齢で構成される主流派のメスグループと順位の低い若手のメスグループとに別れた。その時カナガシラは主流派と一緒に行動し、シャチは若メスのグループに残された。そして群れが再びまとまった6月初旬、シャチの姿が忽然と消えた。やはり01年当時のメス頭だった信頼関係の長かった「ツツジ」の死が、シャチの足場衰退に影響を与えていたようだ。
 ようやくボスザルに座ったカナガシラだが、その時すでに19才。人間年齢にすると還暦手前の高齢。さらにまた、98年に新しく加入した「カワハギ」、00年に加入した「ハモ」のオスザル2頭が、この頃すでにメスたちの信頼をかなり得ており、オスの役割が分散し始めていた。カナガシラが加入した90年は24頭、ボスザルになった03年は100頭。1頭のオスが、力があっても眼の届く範囲は限られている。カナガシラは前途多難な船出になった。
 2004年は一時群れのまとまりを見せていたが、やはり大所帯。分派行動の頻度が高くなったまま、下北半島ニホンザル初の保護管理へと突入した。

続く

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