牛ノ首物語。・9
「ミドリとの再会」

 2003年6月22日、「ミドリ」に再会した。エゾハルゼミの賑やかな競演の中、いつものように牛ノ首の歩道を歩いていたら、突然、目の前の「岩」が動いた。驚いた。10mの目に前に1頭の二ホンカモシカが立っている。直感的に「グレー」だと思った。記憶してある特徴に当てはめようとした、が、ちょっと違う。角が長い、鼻面の特徴も違う、さらに体色が黒くない。
 混乱した。現在牛ノ首にすんでいるカモシカは知り尽くしているはずだった。「新入りか?」、しかしそのわりには落ちついている。はじめて出会うカモシカだったら素早く姿を隠す。この距離でこの落ちつき方はおかしい。「ひょっとして・・」と思うと同時。「ミドリだ!」。10ヶ月の空白を埋めるのに時間はかからなかった。頭の中はみるみる整理されていった。
 ミドリは2000年の春に生まれた。母親のムラサキはミドリが1才になった2001年の夏に死亡している。それからミドリはひとり生活を強いられた。まだおとな年齢になっていない為、隣にナワバリ持つ「クロ」というメスにくっついたり、クロのこどもの「グレー」にじゃれてみたり、また01年に新しく入り込んだ「チャコール」というオスに追っかけられた事もあった。オスのミドリは、チャコールにとってナワバリを競合させる相手に思えたのだろう。
 ミドリは逞しく育った。二ホンカモシカはおとな年齢の2〜4才くらいになると、母親のナワバリから出て、別の場所に自分のナワバリをつくってそこで生活する。カモシカはこどもが自ら他の地域に分散してゆくのである。2002年夏、ミドリは牛ノ首から姿を消した。

 ミドリが歩き出した。15分ほど追跡すると、突然立ち止まり、前方に向かって軽く「フシュ」と声を出した。前方の茂みに「グレー」が立っていた。ミドリは歩み寄り、前足でグレーの横腹とお尻を蹴りはじめた。後ろに回り込んでお尻の匂いも嗅いだ。オスのメスに対する挨拶行動だが交尾の前技でもある。しかし、秋の時期には早すぎるとみえてグレーは反応が弱い。「ボフッ」「ボヴッ」というような、音にもとれる声が漏れてくる。とうとうグレーは座り込んでしまった。ミドリは構わず頭に乗りかかる。まさに「前後の見境なく」である。
 半年間も姿を消したミドリとの思わぬ再会。戻ってきた理由は分からない。しかし、目の前で展開されたグレーに対する行動は、ミドリがオスとしての牛ノ首に定着することを予感させた。ムラサキのこどものミドリ、クロのこどものグレー、二世のカモシカ同士が「つがい関係」になって子孫を残す・・。
 わずか1時間程の観察だったが、牛ノ首のカモシカの16年間がひとまず終了し、また新しい時代を感じさせるひとときでもあった。牛ノ首の楽しみがひとつまた増えた。
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