牛ノ首物語。・5
フクジュソウと抱き合って暖をとるスグリ(左)
「スグリばあちゃん」

脇野沢村の畑の周囲にはあちこちスグリが植えられている。ユキノシタ科の落葉低木で、冷涼な気候に適し、また枝にトゲを持つので、野生動物の侵入を防ぐ意味でも植栽されているのだろう。英名はグーズベリー。種類が多く、夏場に完熟する緑や紫の実は、瑞々しく、甘みがあってとても美味しい。
 牛ノ首農村公園が整備される前は、頂上から下にかけて畑地が点在し、やはりスグリが植え付けられていた。夏の暑い時期、何粒かつまんだスグリの味はいまだに忘れない。瑞々しく、程良い甘さは、夏の清涼剤にもなっていた。
 「スグリ」は、まさにそんなサルである。推定1974年生まれのメス。申年の今年は30歳。人間年齢にすると90歳、性格の穏やかなおばあちゃんである。最後のこどもは92年で、以来12年間、出産していない。野生界でアカンボウを生まないメスの役割、とりわけ社会性をもつサル世界ではどうなのか。スグリの観察は単なるサルではなく、興味深いものになっている。
 例えば牛ノ首にやってきた場合。あまり面積が広い地域ではないので、餌場や休息場所が限られる。当然、サルたちの生活する場所にも一定の約束事が出来上がり、同じサルが同じ場所で同じ生活を繰り返すことになる。強いサルは効率のいい餌場を確保し、その他のサルも血縁や順位によって場所が決まってくる。大体が血縁を中心にグループをつくる。そんな時でもスグリはひとりでいることが多くなった。
 ところが、そのスグリには重要な役割があった。春に誕生したアカンボウは、半年くらいするとかなり自立する。同級生や異年齢集団に混じって一種の「競合力」を身につけはじめる。しかしなかには集団に融合出来ないアカンボウが出る。離れたところでぽつんと、ひとりで遊んでいる。そんな時スグリの出番である。交尾期のオスたちのターゲットにもならないスグリは、手が空いているのである。採食する時以外は暇なのである。
 1匹のアカンボウがスグリに近づくと、またたく間に他のアカンボウも寄ってゆく。今まで集団で遊んでいたこどもまでもが集まる。スグリはさしずめ保育園。何をするわけでもないのだが、ただ保護者のように見守っている。
 また、交尾期のストレスがたまったオスたちの緩衝剤にもなる。スグリに近づいて、オスの方から毛づくろいをする。交尾期の毛づくろいは前技行動だが、スグリの場合は違う。オスは毛づくろいをすることで気持ちを静め、また新たなメスを求めて離れて行くのである。つまり、困った時のスグリ頼り。スグリの間口はとても広く、「来る者拒まず、去る者追わず」のである。
 最近、スグリに老いが目立ってきた。左目が白内障のように汚濁している。採食の様子を見ても視力がないのが分かる。木に登る時の距離感も不自由そう。老人病は私たちと共通のようである。そろそろお迎えが来てもおかしくないが、しかしスグリの代わりを務めるサルは、まだいない。

オスから毛づくろいを受けるスグリ
追伸

 8月31日、「スグリ」が30年の生涯を閉じた。前日、教育委員会から「様子のおかしなサルがいる」との連絡が入り、駆けつけてみると、中学校の裏庭にスグリがポツンと座り込んでいた。あたりに群れはおらず、明らかに単独行動。背後に回り込んでみると、肩から背中にかけてケガをしており、傷口の化膿からか、すでにハエがたかっていた。それでもスグリは傍らの草をむしり取り、口にほおばってムシャムシャと食欲を見せていた。しかし、見るからに弱り切っている様子で、瞬間「もう駄目かも・・」という印象を持った。とりあえず保護することになり、傷口に消毒液を流し込んで一晩様子をみたが、翌日、やはり力つきた。
 スグリの30年間は、8才までの餌付けの経験、畑からの追い上げ、電気柵設置、そして今年からの特定鳥獣指定による保護管理など、人とサルとの共生の歴史そのものでもある。前回の申年には、こどもと半年後に生き別れ、「モモ」と名付けられたこどもの死亡、また今年のテーマにもなった「老い」についてなど、テレビのストーリーにもなる程のエピソードも数多い。長い付き合あいのサルの中でもとくに忘れられないサルである。
 ニホンザルの「老い」について考え始めた矢先のスグリの死は、ある意味で人間の介入を許さないサル世界の「結界」を改めて認識させられた。世の中には解明できない物があってもいいのかも知れない。スグリに心をこめて合掌。

こもれび:冬の陽光を受ける若い頃のスグリ
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