牛ノ首物語。・4
「クロとブラック」

 「ブラック」とはじめて出会ったのは03年7月。01年の「ムラサキ」の死後、不思議に今までこどもを産んでいなかった「クロ」が出産した。そして翌年も出産したので、3年目はどうかと観察時間を増やしていた。
 ところが母親のクロ自身を見つけることが出来ず、夏が近づいた頃にようやく出会えた。もともと気が強いクロだったが、この日はとくに警戒心が強く、どんどん藪の中に逃げ込んでしまった。でもその様子がおかしいので、藪の中を覗きに行った。
 急斜面を下ると、窪地になっている場所があって、少し隙間が空いていた。「やっぱり、居た」。小さなカモシカがクロに寄り添って、こちらの様子を伺っていた。慎重にカメラを取りだして、手持ちでシャッターを切った。抜けが悪く、光りまわりも悪い。暗くて少し手ぶれしそうだが、構わない。まずは記録。5枚だけ撮影して、ゆっくり後ずさりするように藪から抜け出した。
 二ホンカモシカはとにかく警戒心が強い動物。とくにアカンボウを連れている母カモシカは、当たり前だが、危険を回避して当然。長年観察しているクロといえど、そこから「結界」を越えてはならない。この日はクロの3頭目になるアカンボウを確認しただけで十分な成果。
 問題は名前だ。牛ノ首のカモシカの名前は「色」の統一。クロのこども達には無彩色の統一で、戸籍が分かるように考えた。初年度が「グレー」、翌年が「ホワイト」。そして3頭目の確認をしたものの、無彩色がなくなった。ここで他の色を使っては、せっかく考えたアイデアが泣く。そこで苦肉の策を考えた。03年のこどもは「ブラック」。ちょっと順不同だが、まあ何とか乗り切った。
 牛ノ首のカモシカたちは、我が家にくる旅人の「自然とのふれあい」に大きな貢献をしてくれている。2時間もあれば、徒歩で散策に出かける事が出来る。
そこで事前レクチャーになるが、必ずクロとブラック親子のところで質問が出る。「なぜその名前なんですか?」、「同じではないんですか?」。確かに紛らわしいが「日本語と英語の違いです」、「場所的なものと、親子関係の区分け・・」などとねじ込んで無理矢理納得させて、地図を首からぶら下げて送り出している。
 12月、ようやく雪が地面に定着しはじめた。久しぶりに牛ノ首に観察に出向いたら、雪上に足跡がくっきり。二頭のカモシカで、それも大と小。1年も経過すると差異はなくなるが、半年くらいのこどもの足跡は、まだ小さい。場所的にクロとブラックの足跡だと解る。
 15分程足跡を辿って、杉林を抜けた所で親子に追いついた。クロは追跡者が誰なのか確かめようとしたのだろう。ブラックは大きくなっていた。
 少し落ちついていたので、何枚か撮影することができた。その時、ある疑問が脳裏をかすめた。外国人に名前を説明するとき、クロとブラックの違いをどう言えばいいだろう。また来年出産したら、今度こそどうしよう。いっそうのこと、みなさんから募集してみようか・・。だんだん無責任なことを考えはじめた。そんなことを考えていたら、クロ親子はお尻を向けて歩き出した。きっと機嫌をそこねたのだろう。

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